特殊不法行為
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
特殊不法行為には、監督義務者等の責任(民法714条)、使用者責任(715条)、共同不法行為(719条)等があります。
監督義務者等の責任は、責任無能力者が不法行為を行った場合、損害賠償責任を負わないため(712条、713条本文)、被害者の保護を図るために、責任無能力者の監督義務者等に責任を負わせるものです。
使用者責任は、事業のために使用する被用者が第三者に加えた不法行為について、報償責任(他人を使用して利益を上げている者は、その利益が生じさせる損害を賠償すべきであるという考え)の観点から使用者に損害賠償責任を負わせるものです。
共同不法行為は、数人が共同して不法行為を行った場合に、各自に連帯して賠償責任を負わせるものです。
認知症患者に対する家族の監督義務と民法714条(最判平28.3.1)
事件の概要
重度の認知症により責任能力を欠くA(91歳)は、私鉄会社の駅構内の線路に立ち入り、同社が運行する列車に衝突して死亡した(本件事故)。本件事故当時、Aは、妻Y(85歳)と同居しており、Yは、長男Zの妻Bの補助を受けながら介護をしていた。Zは、20年以上にわたりAと別居してA宅から遠方で生活しており、Bは、Aを介護するために単身でA宅の近隣に居住したが、本件事故当時はYが目を閉じていた一瞬に、Aが1人で外出した際に起きたものであった。
判例ナビ
Xは、本件事故により列車に遅れが生ずる等して損害を被ったとして、Yに対し民法714条に基づき、Zに対し714条に基づいて損害賠償を請求する訴えを提起しました。第1審は、Yの709条責任、Zの714条責任を認め、YとZが控訴しました。控訴審は、Yの714条責任を認め、Zの709条責任を否定しました。そこで、XとYが上告しました。
裁判所の判断
(ア) 民法714条1項の規定は、責任無能力者が他人に損害を加えた場合にその責任無能力者を監督する法廷の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきものとしているところ、この監督義務の内容たる責任無能力者について監督義務が法定されている者...には、...精神障害者に対する...者...が定められている...や...禁治産者に対する...が定められていた後見人が挙げられる。しかし、保護者の精神障害者に対する身上配慮義務は、...廃止された。また、後見人の禁治産者に対する身上配慮義務は、...廃止された。この身上配慮義務には、成年被後見人の...等に限らず、成年被後見人の...を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると、平成19年当時に至って、保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に当たるとすることはできない。
(イ) 民法714条1項は、夫婦の同居、協力及び扶助の義務について定めているが、これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく、しかも、同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり、協力の義務についてはそれが具体的に約されたものである。また、扶助の義務は相手方の生活を自分自身の生活と同じ程度に保障することを内容とするもので、そのことから直ちに第三者との間で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると、同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めるものということはできず、他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
したがって、精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任能力者を監督する法廷の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
(ウ) 以上説示したところに鑑みれば、YがAを「監督する法廷の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。また、Zは、YがAの「監督する法廷の義務を負う者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。
(ア) もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の理念の見地から法定の監督義務者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償義務を負うべきであるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである…。その上で、ある者が、精神障害者に対し、このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たると評価されるか否かは、その者の生活状況や心身の状況とともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無とその態様、精神障害者への日常的な関与の状況、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらを踏まえた加害行為の予見可能性の有無などを総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるかなどの点から判断するのが相当である。
(イ) これを本件についてみると、Aは、平成12年頃に認知症の診断をうかがわせる症状を示し、...平成19年2月には要介護4の認定を受け、平成22年頃には徘徊症状がみられる状態であった。Yは、長年にわたりAと同居してAの介護に当たっているものの、Aが85歳と当時既に相当な高齢であった。Zは、Bの介護協力を受けているものの、Aの介護補助を受けていた85歳当時でYは右利きで麻痺があり要介護1の認定を受けており、Aの行動を常時監視することは現実的に困難であったとみえ、その監督を引き受けたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって、Yは、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たると解することはできない。
(ウ) また、Zは、Aの長男であり、Yの介護に関する相談に応じ、妻BがA宅の近隣に居住して、YによるAの介護を補助していたものの、Zは横浜市に居住し、A宅から数十km離れた場所に勤務していたもので、Aと同居しておらず、本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないというのである。Zは、Aの介護に対する責任を否定するものではないが、その財産管理状況やその他前記の状況にあったというZは、その監督を引き受けたとみるべき特段の事情があったとはいえず、Aの法定の監督義務者であるZを、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者ということはできない。
解説
本件では、事故を起こした責任能力のないAの監督責任を誰が負うかが問題となりました。本判決は、いずれも法定監督義務者に当たらないとした上で、さらに、YとZを法定監督義務者に準ずべき者とみて714条1項を類推適用できないかどうかを検討し、これも否定し、Yの損害賠償責任を認めませんでした。
この分野の重要判例
◆満11歳と4歳でボールを蹴った行為(最判平27.4.9)
満11歳の男子児童であるAが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったことは、ボールが本件道路に転がり出る可能性があり、本件道路を通行する第三者との関係では危険性を有する行為であったということができるものではあるが、Aは、友人と共に、放課後、児童のために開設された本件校庭において、使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり、このようなAの行為自体は、本件校庭の後の無人の校庭においても、使用可能な状態で設置されたゴールに向けてサッカーボールを蹴ったというものであり、本件校庭の後の無人の校庭に設置されたゴールに向けたフリーキックの練習は、上記各事実に照らすと、通常は他人に損害を生じさせるとは考え難い行為である。
本件では、11歳の小学生Aが、放課後、校庭の隅にあるサッカーゴールに向かってフリーキックの練習をしていたところ、蹴ったボールが道路上に出て、バイクを運転していた85歳の老人Bが、ボールを避けようとして転倒し負傷し、その後死亡したという事案です。本判決は、責任能力のない未成年者が通常は他人に損害を及ぼすものとみられない行為によってたまたま他人に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であったなどの特段の事情が認められない限り、親権者は監督義務を尽くしていなかったとすべきではないとして、Aの父母の監督義務違反を否定しました。
被用者から使用者への求償(最判昭52.2.22)
事件の概要
貨物運送を業とするYの被用者Xは、業務としてトラックを運転中、人の運転する自転車にトラックを接触させ、Aを転倒させる事故(本件事故)を起こし、Aは、同日、本件事故により死亡した。Aの相続人は、長男Bと二男Cである。Xは、Bから提起された損害賠償請求訴訟の確定判決に従って、Bに1500万円の損害賠償をした。他方、Yは、Cから損害賠償請求訴訟を提起されたが、訴訟中に和解が成立し、Cに対し和解金1300万円を支払った。
判例ナビ
Xは、Yの事業の執行としてトラックを運転中に起こした本件事故に関し、Aに加えた損害を賠償したことによりYに対する求償権を取得したと主張して、Yに対し、求償金の支払を求める訴え(本訴請求)を提起しました。これに対し、Yは、Cに和解金を支払ったことにより求償権を取得したとしてXに対し、求償金の支払を求める訴え(反訴請求)を提起しました。第1審がXの請求を一部認容したため、Yが控訴し、控訴審がXの本訴請求を棄却したため、Xが上告しました。
裁判所の判断
民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に対する加害を生ぜしめる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させたことを...使用者の事業の執行により損害を被った第三者に対する...の規定の趣旨のみならず、使用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
また、使用者が第三者に対して損害賠償義務を履行した場合には、使用者から被用者に対して求償することができる...。
以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合には、被用者は、使用者に対し、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、求償することができるものと解すべきである。
解説
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任(使用者責任)を負います(民法715条1項本文)。この場合、被害者に賠償した使用者が被用者に対し求償権を行使できますが(同条3項)、被害者に賠償した被用者が使用者に対し求償(逆求償)できるか、明文規定がありません。本判決は、使用者責任の趣旨と使用者被害者に賠償した場合に被用者に求償できることとのバランスから逆求償を認め、その範囲を明らかにしました。
この分野の重要判例
◆使用者に対する求償の制限(最判昭51.7.8)
使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担した結果損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。
交通事故と医療過誤の関係(最判平13.3.13)
事件の概要
Xの長男A(6歳)は、自転車を運転し、一時停止を怠って交差点に進入したところ、同交差点を内に直進するZの運転するタクシーと接触した(本件交通事故)。Aは、本件交通事故直後に、救急車でY病院に搬送されたが、Aを診察した医師Bは、Aの意識が清明で外観上は異常が認められず、負傷部分の痛みを訴えたのみであったことから、Aの歩行中の軽微な事故であると考えた。そして、Bは、Aの頭部正面及び左顔面から撮影したレントゲン写真を受領し、頭がい骨折を発見しなかったことから、さらに頭部のCT検査をしたり、病院内で相当時間経過観察をすることの必要はないと判断し、Aおよび付添人に対し、「何か変わったことがあれば来るように」との一般的指示をしたのみで、Aを帰宅させた。Xは、Aが帰宅後におけるうっ血、吐気を訴えたため、疲労のためと考えてそのまま寝かせたところ、ひどくいきなり、よだれを流したりするようになり、かなり汗をかくようになっていたが、この容態を重大なこととは考えず、そのままにしておいた。しかし、Aは、体温が39度まで上昇していん様の状態を示したため、XはAが重篤な状況にあるものと疑い、救急車を要請したが、Aは、硬膜外血しゅにより死亡した(本件医療事故)。
判例ナビ
硬膜外血しゅは、早期に血しゅの除去を行えば予後は良く、高い確率で救命が可能である。Aの場合も、同じである。したがって、Bには、Aを病院内に留め置いて経過観察をするか、帰宅させるとしても、事故後に意識が清明であってもその後硬膜外血しゅの発生に至る脳出血の進行が発生することがあることおよびその典型的な症状を具体的に説明し、事故後少なくとも6時間以上は慎重な経過観察と、前記症状の疑いが発見されたときには直ちに医師の診察を受けることなどを必要とする指示、指導すべき義務があり、これを怠った過失があり、そのため、Aが死亡したとして、Xは、Yに対し、709条に基づいて損害賠償を求める訴えを提起した。原審は、Aの死亡事故は、本件事故におけるZの過失と本件医療事故におけるBの過失とが順次競合した共同不法行為によるものであるとした上で、ZとYに対して、本件医療事故の各寄与分は、それぞれ5割と推認し、その限度でXのYに対する請求を認めた。そこで、Xが上告した。
裁判所の判断
本件交通事故により、Aは、頭蓋骨骨折の傷害を負ったものの、事故後搬入されたY病院において、Aに対し通常期待されるべき適切な医療措置がされるなどした場合、早期に発見されて適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもって命を失うこともなく、本件交通事故と本件医療事故のいずれかが、Aの死亡という不可分の一つの結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にある。したがって、本件交通事故における違法行為と本件医療事故における違法行為は719条所定の共同不法行為に当たるから、各行為者は連帯して損害の賠償の責めに任じることが相当である。
本件では、交通事故と医療過誤という加害者も侵害行為も異なる2つの不法行為が順次競合した事案です。本判決は、両行為を共同不法行為に当たるとした上で、損害額についてYの賠償責任を認めました。また、複数の加害者がいる場合における過失相殺について、各不法行為者の加害者と被害者の関係ごとに過失の割合をしん酌して過失相殺をする相対的過失相殺の方法を採用しました。
この分野の重要判例
◆共同不法行為の成立要件(最判昭43.4.23)
共同不法行為者の各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が右違法な加害行為と相当因果関係にある損害についてその賠償の責に任ずべきであり、この理は、本件のごとき流失水により惹起された損害についても、同様であると解するのが相当である。
過去問
交通事故と医療事故という加害者及び侵害行為を異にする二つの不法行為が順次競合した共同不法行為においては、各不法行為者は加害者及び被害者の過失の内容も別個の性格を有するものであるが、被害者が共同不法行為者らのいずれからも全額の損害賠償を受けられるとすることにより被害者保護を図ろうとする民法719条の趣旨に照らし、各不法行為者の加害者と被害者との間の過失割合だけでなく、他の不法行為者と被害者との間の過失割合をもしんしゃくして過失相殺をするべきである。(公務員2018年)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、行為者間の共同の認識がなくても、各観的に関連共同している場合には、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。(公務員2020年)
× 過失相殺は、不法行為によって生じた損害について、加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度であるから、交通事故と医療事故という加害者および侵害行為を異にする2つの不法行為が順次競合した共同不法行為においても、過失相殺は各不法行為者の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり、他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしんしゃくして過失相殺をすることは許されません(最判平13.3.13)。
○ 共同不法行為者の各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えていれば、各自が加害行為と相当因果関係にある損害について賠償責任を負います(最判昭43.4.23)。行為者間に共同の認識がある必要はありません。
特殊不法行為には、監督義務者等の責任(民法714条)、使用者責任(715条)、共同不法行為(719条)等があります。
監督義務者等の責任は、責任無能力者が不法行為を行った場合、損害賠償責任を負わないため(712条、713条本文)、被害者の保護を図るために、責任無能力者の監督義務者等に責任を負わせるものです。
使用者責任は、事業のために使用する被用者が第三者に加えた不法行為について、報償責任(他人を使用して利益を上げている者は、その利益が生じさせる損害を賠償すべきであるという考え)の観点から使用者に損害賠償責任を負わせるものです。
共同不法行為は、数人が共同して不法行為を行った場合に、各自に連帯して賠償責任を負わせるものです。
認知症患者に対する家族の監督義務と民法714条(最判平28.3.1)
事件の概要
重度の認知症により責任能力を欠くA(91歳)は、私鉄会社の駅構内の線路に立ち入り、同社が運行する列車に衝突して死亡した(本件事故)。本件事故当時、Aは、妻Y(85歳)と同居しており、Yは、長男Zの妻Bの補助を受けながら介護をしていた。Zは、20年以上にわたりAと別居してA宅から遠方で生活しており、Bは、Aを介護するために単身でA宅の近隣に居住したが、本件事故当時はYが目を閉じていた一瞬に、Aが1人で外出した際に起きたものであった。
判例ナビ
Xは、本件事故により列車に遅れが生ずる等して損害を被ったとして、Yに対し民法714条に基づき、Zに対し714条に基づいて損害賠償を請求する訴えを提起しました。第1審は、Yの709条責任、Zの714条責任を認め、YとZが控訴しました。控訴審は、Yの714条責任を認め、Zの709条責任を否定しました。そこで、XとYが上告しました。
裁判所の判断
(ア) 民法714条1項の規定は、責任無能力者が他人に損害を加えた場合にその責任無能力者を監督する法廷の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきものとしているところ、この監督義務の内容たる責任無能力者について監督義務が法定されている者...には、...精神障害者に対する...者...が定められている...や...禁治産者に対する...が定められていた後見人が挙げられる。しかし、保護者の精神障害者に対する身上配慮義務は、...廃止された。また、後見人の禁治産者に対する身上配慮義務は、...廃止された。この身上配慮義務には、成年被後見人の...等に限らず、成年被後見人の...を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると、平成19年当時に至って、保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に当たるとすることはできない。
(イ) 民法714条1項は、夫婦の同居、協力及び扶助の義務について定めているが、これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく、しかも、同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり、協力の義務についてはそれが具体的に約されたものである。また、扶助の義務は相手方の生活を自分自身の生活と同じ程度に保障することを内容とするもので、そのことから直ちに第三者との間で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると、同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めるものということはできず、他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
したがって、精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任能力者を監督する法廷の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
(ウ) 以上説示したところに鑑みれば、YがAを「監督する法廷の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。また、Zは、YがAの「監督する法廷の義務を負う者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。
(ア) もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の理念の見地から法定の監督義務者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償義務を負うべきであるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである…。その上で、ある者が、精神障害者に対し、このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たると評価されるか否かは、その者の生活状況や心身の状況とともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無とその態様、精神障害者への日常的な関与の状況、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらを踏まえた加害行為の予見可能性の有無などを総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるかなどの点から判断するのが相当である。
(イ) これを本件についてみると、Aは、平成12年頃に認知症の診断をうかがわせる症状を示し、...平成19年2月には要介護4の認定を受け、平成22年頃には徘徊症状がみられる状態であった。Yは、長年にわたりAと同居してAの介護に当たっているものの、Aが85歳と当時既に相当な高齢であった。Zは、Bの介護協力を受けているものの、Aの介護補助を受けていた85歳当時でYは右利きで麻痺があり要介護1の認定を受けており、Aの行動を常時監視することは現実的に困難であったとみえ、その監督を引き受けたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって、Yは、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たると解することはできない。
(ウ) また、Zは、Aの長男であり、Yの介護に関する相談に応じ、妻BがA宅の近隣に居住して、YによるAの介護を補助していたものの、Zは横浜市に居住し、A宅から数十km離れた場所に勤務していたもので、Aと同居しておらず、本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないというのである。Zは、Aの介護に対する責任を否定するものではないが、その財産管理状況やその他前記の状況にあったというZは、その監督を引き受けたとみるべき特段の事情があったとはいえず、Aの法定の監督義務者であるZを、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者ということはできない。
解説
本件では、事故を起こした責任能力のないAの監督責任を誰が負うかが問題となりました。本判決は、いずれも法定監督義務者に当たらないとした上で、さらに、YとZを法定監督義務者に準ずべき者とみて714条1項を類推適用できないかどうかを検討し、これも否定し、Yの損害賠償責任を認めませんでした。
この分野の重要判例
◆満11歳と4歳でボールを蹴った行為(最判平27.4.9)
満11歳の男子児童であるAが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったことは、ボールが本件道路に転がり出る可能性があり、本件道路を通行する第三者との関係では危険性を有する行為であったということができるものではあるが、Aは、友人と共に、放課後、児童のために開設された本件校庭において、使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり、このようなAの行為自体は、本件校庭の後の無人の校庭においても、使用可能な状態で設置されたゴールに向けてサッカーボールを蹴ったというものであり、本件校庭の後の無人の校庭に設置されたゴールに向けたフリーキックの練習は、上記各事実に照らすと、通常は他人に損害を生じさせるとは考え難い行為である。
本件では、11歳の小学生Aが、放課後、校庭の隅にあるサッカーゴールに向かってフリーキックの練習をしていたところ、蹴ったボールが道路上に出て、バイクを運転していた85歳の老人Bが、ボールを避けようとして転倒し負傷し、その後死亡したという事案です。本判決は、責任能力のない未成年者が通常は他人に損害を及ぼすものとみられない行為によってたまたま他人に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であったなどの特段の事情が認められない限り、親権者は監督義務を尽くしていなかったとすべきではないとして、Aの父母の監督義務違反を否定しました。
被用者から使用者への求償(最判昭52.2.22)
事件の概要
貨物運送を業とするYの被用者Xは、業務としてトラックを運転中、人の運転する自転車にトラックを接触させ、Aを転倒させる事故(本件事故)を起こし、Aは、同日、本件事故により死亡した。Aの相続人は、長男Bと二男Cである。Xは、Bから提起された損害賠償請求訴訟の確定判決に従って、Bに1500万円の損害賠償をした。他方、Yは、Cから損害賠償請求訴訟を提起されたが、訴訟中に和解が成立し、Cに対し和解金1300万円を支払った。
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Xは、Yの事業の執行としてトラックを運転中に起こした本件事故に関し、Aに加えた損害を賠償したことによりYに対する求償権を取得したと主張して、Yに対し、求償金の支払を求める訴え(本訴請求)を提起しました。これに対し、Yは、Cに和解金を支払ったことにより求償権を取得したとしてXに対し、求償金の支払を求める訴え(反訴請求)を提起しました。第1審がXの請求を一部認容したため、Yが控訴し、控訴審がXの本訴請求を棄却したため、Xが上告しました。
裁判所の判断
民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に対する加害を生ぜしめる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させたことを...使用者の事業の執行により損害を被った第三者に対する...の規定の趣旨のみならず、使用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
また、使用者が第三者に対して損害賠償義務を履行した場合には、使用者から被用者に対して求償することができる...。
以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合には、被用者は、使用者に対し、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、求償することができるものと解すべきである。
解説
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任(使用者責任)を負います(民法715条1項本文)。この場合、被害者に賠償した使用者が被用者に対し求償権を行使できますが(同条3項)、被害者に賠償した被用者が使用者に対し求償(逆求償)できるか、明文規定がありません。本判決は、使用者責任の趣旨と使用者被害者に賠償した場合に被用者に求償できることとのバランスから逆求償を認め、その範囲を明らかにしました。
この分野の重要判例
◆使用者に対する求償の制限(最判昭51.7.8)
使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担した結果損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。
交通事故と医療過誤の関係(最判平13.3.13)
事件の概要
Xの長男A(6歳)は、自転車を運転し、一時停止を怠って交差点に進入したところ、同交差点を内に直進するZの運転するタクシーと接触した(本件交通事故)。Aは、本件交通事故直後に、救急車でY病院に搬送されたが、Aを診察した医師Bは、Aの意識が清明で外観上は異常が認められず、負傷部分の痛みを訴えたのみであったことから、Aの歩行中の軽微な事故であると考えた。そして、Bは、Aの頭部正面及び左顔面から撮影したレントゲン写真を受領し、頭がい骨折を発見しなかったことから、さらに頭部のCT検査をしたり、病院内で相当時間経過観察をすることの必要はないと判断し、Aおよび付添人に対し、「何か変わったことがあれば来るように」との一般的指示をしたのみで、Aを帰宅させた。Xは、Aが帰宅後におけるうっ血、吐気を訴えたため、疲労のためと考えてそのまま寝かせたところ、ひどくいきなり、よだれを流したりするようになり、かなり汗をかくようになっていたが、この容態を重大なこととは考えず、そのままにしておいた。しかし、Aは、体温が39度まで上昇していん様の状態を示したため、XはAが重篤な状況にあるものと疑い、救急車を要請したが、Aは、硬膜外血しゅにより死亡した(本件医療事故)。
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硬膜外血しゅは、早期に血しゅの除去を行えば予後は良く、高い確率で救命が可能である。Aの場合も、同じである。したがって、Bには、Aを病院内に留め置いて経過観察をするか、帰宅させるとしても、事故後に意識が清明であってもその後硬膜外血しゅの発生に至る脳出血の進行が発生することがあることおよびその典型的な症状を具体的に説明し、事故後少なくとも6時間以上は慎重な経過観察と、前記症状の疑いが発見されたときには直ちに医師の診察を受けることなどを必要とする指示、指導すべき義務があり、これを怠った過失があり、そのため、Aが死亡したとして、Xは、Yに対し、709条に基づいて損害賠償を求める訴えを提起した。原審は、Aの死亡事故は、本件事故におけるZの過失と本件医療事故におけるBの過失とが順次競合した共同不法行為によるものであるとした上で、ZとYに対して、本件医療事故の各寄与分は、それぞれ5割と推認し、その限度でXのYに対する請求を認めた。そこで、Xが上告した。
裁判所の判断
本件交通事故により、Aは、頭蓋骨骨折の傷害を負ったものの、事故後搬入されたY病院において、Aに対し通常期待されるべき適切な医療措置がされるなどした場合、早期に発見されて適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもって命を失うこともなく、本件交通事故と本件医療事故のいずれかが、Aの死亡という不可分の一つの結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にある。したがって、本件交通事故における違法行為と本件医療事故における違法行為は719条所定の共同不法行為に当たるから、各行為者は連帯して損害の賠償の責めに任じることが相当である。
本件では、交通事故と医療過誤という加害者も侵害行為も異なる2つの不法行為が順次競合した事案です。本判決は、両行為を共同不法行為に当たるとした上で、損害額についてYの賠償責任を認めました。また、複数の加害者がいる場合における過失相殺について、各不法行為者の加害者と被害者の関係ごとに過失の割合をしん酌して過失相殺をする相対的過失相殺の方法を採用しました。
この分野の重要判例
◆共同不法行為の成立要件(最判昭43.4.23)
共同不法行為者の各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が右違法な加害行為と相当因果関係にある損害についてその賠償の責に任ずべきであり、この理は、本件のごとき流失水により惹起された損害についても、同様であると解するのが相当である。
過去問
交通事故と医療事故という加害者及び侵害行為を異にする二つの不法行為が順次競合した共同不法行為においては、各不法行為者は加害者及び被害者の過失の内容も別個の性格を有するものであるが、被害者が共同不法行為者らのいずれからも全額の損害賠償を受けられるとすることにより被害者保護を図ろうとする民法719条の趣旨に照らし、各不法行為者の加害者と被害者との間の過失割合だけでなく、他の不法行為者と被害者との間の過失割合をもしんしゃくして過失相殺をするべきである。(公務員2018年)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、行為者間の共同の認識がなくても、各観的に関連共同している場合には、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。(公務員2020年)
× 過失相殺は、不法行為によって生じた損害について、加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度であるから、交通事故と医療事故という加害者および侵害行為を異にする2つの不法行為が順次競合した共同不法行為においても、過失相殺は各不法行為者の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり、他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしんしゃくして過失相殺をすることは許されません(最判平13.3.13)。
○ 共同不法行為者の各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えていれば、各自が加害行為と相当因果関係にある損害について賠償責任を負います(最判昭43.4.23)。行為者間に共同の認識がある必要はありません。