不当利得
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
不当利得は、法律上の理由がないのに他人の財産・労務によって利益を受け、これによって他人に損失を及ぼした者(受益者)が、得た利益の返還義務を負う制度です。民法は、703条・704条で一般的な不当利得の要件・効果を定め、705条以下で、その特則(特殊不当利得)を定めています。
不法原因給付における給付(最大判昭45.10.21)
事件の概要
妻子の あるXは、不倫関係を続けていたYに口止めをさせるため、本件建物を未登記のまま贈与し、引き渡して理髪業を営ませた。しかしその後、両者は不和となり、Xは、Yに対して、所有権に基づいて本件建物の引渡しを求める訴えを提起し、さらに、訴訟を自己に有利に導くため、本件建物について自己名義の保存登記を経由した。
判例ナビ
Yは、訴訟の中で、Xに対し本件建物の所有権移転登記手続を求める反訴を提起しました。第1審、控訴審が、本訴請求ともに請求を棄却したため、X、Yともに上告しました。
裁判所の判断
原審の認定した右事実関係のもとにおいては、右贈与は公序良俗に反し無効であり、建物の引渡しは不法の原因に基づくものというのを相当とするのみならず、本件贈与の目的である不倫関係は未登記のものであって、その引渡しにより贈与者の義務は履行を完了したものと解されるから、右引渡しが民法708条本文にいわゆる給付に当たる旨の原審の指示判断も、正当として是認することができる。そして、右のように、本件建物を目的としてなされたXY間の右贈与が公序良俗に反し無効である場合には、本件建物の所有権は、右贈与によってXからYに移転しないものと解すべきである。
しかしながら、前述のように右贈与が無効であり、したがって、右贈与による所有権の移転は認められない場合であっても、Xがした右贈与に基づく給付行為が民法708条本文にいわゆる不法原因給付に当たるときは、Xが本件建物の所有権がYに帰属するにいたったものと解するのが相当である。けだし、同条は、みずから反社会的な行為をした者に対しては、その行為の結果の復旧を請求することを許さない趣旨を規定したものと認められるから、給付者は、不当利得に基づく返還請求をすることが許されないばかりでなく、目的物の所有権が自己にあることを理由として、給付した物の返還を請求することも許されない筋合であるというべきである。このように、贈与契約において給付した物の返還を請求できなくなったときは、その反射的効果として、目的物の所有権は贈与者の手を離れて受領者に帰属するにいたったものと解するのが、最も事柄の実質に適合し、かつ、法律関係を明確ならしめる所以と考えられるからである。
解説
本判決は、未登記建物の引渡しが不法原因給付を規定する民法708条の「給付」に当たるとし、不当利得を理由とする本件建物の返還請求を否定するとともに、所有権を理由とする返還請求も否定しました。そうすると、建物の所有権が給付者に残るが返還を認めないという不都合な結果が生じますが、本判決は、不法原因給付者が返還請求できないことの反射的効果として、建物所有権は受給者に帰属するとしました。
この分野の重要判例
◆不当利得における利得の限界(最判昭43.9.26)
およそ不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の理念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負担させるものであるが、いまXが、Aから金員を騙取又は横領して、その金銭で自己の債権者Yに対し債務を弁済した場合に、XのYに対する不当利得返還請求が認められるかどうかについて考えるに、騙取又は横領された金銭の所有権がXに移転するまでの間そのままXの手許にとどまる場合にだけ、Xが損失のYとの利得との間に直接関係があるとすべきではなく、Aが騙取又は横領した金銭をそのままYの利益に使用したように、あるいはこれを自己の金銭と混同させ又は両替し、あるいは銀行に預入れ、あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を別途工面した金員によって補填する等してから、Yのために使用して、社会通念上Xの金銭でYの利益をはかったと認められるだけの連絡がある場合には、なお不当利得の成立を要すると解するのが相当である。また、YがAの右金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、Yの右金銭の取得は、被騙取者又は被横領者たるXに対する関係においては、法律上の原因がなく、Yが当該利得と解するのが相当である。
解説
本件は、AがXからだまし取った金銭で自己の債権者Yに弁済したという事案であり、XがYに対し不当利得返還請求できるかどうかが問題となりました。
◆既登記建物の贈与と不法原因給付(最判昭46.10.28)
贈与が不法の原因に基づくもので民法708条にいう給付があったとして贈与者の返還請求を拒みうるためには、既登記の建物にあっては、その占有の移転のみでは足りず、所有権移転登記手続が履践されていることをも要する。
◆不法原因給付の返還特約(最判昭28.1.22)
被上告人の上告人に対する8万4000円の不法原因給付であってその返還を請求し得ないものであるとしても元来同弁済が不法のため給付をした者に対し給付したものの返還を請求することはできないと定めたのは、かかる給付者の返還請求に法律上の保護を与えないというだけであって、受領者をしてその給付を受けたものを法律上の原因なく給付があったものとして保有せしめる趣旨ではないこと、従って、受領者においてその給付を受けたものをそのまま給付者に対し任意返還することは勿論、更に給付を受けた不法原因契約を合意の上解除してその給付物を返還する特約をすることは、同条の禁ずるところではないと解するを相当とする。そして、かかる特約が民法90条により無効であると解することのできないことも多言を要しない。
◆転用物訴権(最判平7.9.19)
XがY間の請負契約に基づき建物全体の修繕工事をしたが、その工事代金は無資力になったAのための建物を賃貸したXが、Aが無資力になったため、Yに対し不当利得を理由として請負代金相当額の金員の支払を請求した事案です。本判決は、当事者が無償で利益を得たと認められる場合に限って転用物訴権を肯定しました。
過去問
妻子ある男が不倫関係を維持するために、その所有する不動産を愛人に贈与した場合でも、男は愛人に対してその贈与不動産の返還を請求することができる。(公務員2020年)
金銭をだまし取った者がその金銭で自己の債権者に弁済した場合は、債権者がその金銭の取得を金銭をだまし取られた者に対する関係で、不当利得をした。(司法書士2017年)
不法原因給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができず、また、給付をうけた不法原因契約を合意の上解除し、その給付物を返還する特約をすることは、無効である。(公務員2022年)
Cは、BからB所有の家屋を賃借した際に、CがBに対して権利金を支払わない代わりに、CがBに対し修繕代金相当額の返還を請求することはできない。(行政書士2010年)
× 贈与不動産が未登記の場合には「引き渡し」を、既登記の場合は「所有権移転登記」をすれば708条の「給付」に当たり返還請求はできません(最大判昭45.10.21、最判昭46.10.28)。これらの場合、当該不動産の返還を請求することはできません。
○ 金銭をだまし取った者がその金銭で自己の債権者に弁済した場合は、債権者がその金銭を悪意で受領したときは、債権者のその金銭の取得は、金銭をだまし取られた者に対する関係で、法律上の原因がなく、不当利得となります(最判昭49.9.26)。
× 不法原因給付された物を給付者に返還する特約は民法708条に違反せず、有効です(最判昭28.1.22)。
○ Aは、Bに対して修繕代金相当額の返還を請求するには、Bが法律上の原因なく修繕代金相当額の利益を受けたとみとめる必要があり、そう言えるのは、BC間の賃貸借契約を全体としてみて、Bが対価関係なしに右利益を受けたと評価されるとき(最判平7.9.19)。しかし、Bは、Cから権利金の支払を受けない代わりにCが修繕義務を負うこととしているので、対価関係なしに修理代金相当の利益を受けたとはいえず、Aは、Bに対して修繕代金相当額の返還を請求することはできません。
不当利得は、法律上の理由がないのに他人の財産・労務によって利益を受け、これによって他人に損失を及ぼした者(受益者)が、得た利益の返還義務を負う制度です。民法は、703条・704条で一般的な不当利得の要件・効果を定め、705条以下で、その特則(特殊不当利得)を定めています。
不法原因給付における給付(最大判昭45.10.21)
事件の概要
妻子の あるXは、不倫関係を続けていたYに口止めをさせるため、本件建物を未登記のまま贈与し、引き渡して理髪業を営ませた。しかしその後、両者は不和となり、Xは、Yに対して、所有権に基づいて本件建物の引渡しを求める訴えを提起し、さらに、訴訟を自己に有利に導くため、本件建物について自己名義の保存登記を経由した。
判例ナビ
Yは、訴訟の中で、Xに対し本件建物の所有権移転登記手続を求める反訴を提起しました。第1審、控訴審が、本訴請求ともに請求を棄却したため、X、Yともに上告しました。
裁判所の判断
原審の認定した右事実関係のもとにおいては、右贈与は公序良俗に反し無効であり、建物の引渡しは不法の原因に基づくものというのを相当とするのみならず、本件贈与の目的である不倫関係は未登記のものであって、その引渡しにより贈与者の義務は履行を完了したものと解されるから、右引渡しが民法708条本文にいわゆる給付に当たる旨の原審の指示判断も、正当として是認することができる。そして、右のように、本件建物を目的としてなされたXY間の右贈与が公序良俗に反し無効である場合には、本件建物の所有権は、右贈与によってXからYに移転しないものと解すべきである。
しかしながら、前述のように右贈与が無効であり、したがって、右贈与による所有権の移転は認められない場合であっても、Xがした右贈与に基づく給付行為が民法708条本文にいわゆる不法原因給付に当たるときは、Xが本件建物の所有権がYに帰属するにいたったものと解するのが相当である。けだし、同条は、みずから反社会的な行為をした者に対しては、その行為の結果の復旧を請求することを許さない趣旨を規定したものと認められるから、給付者は、不当利得に基づく返還請求をすることが許されないばかりでなく、目的物の所有権が自己にあることを理由として、給付した物の返還を請求することも許されない筋合であるというべきである。このように、贈与契約において給付した物の返還を請求できなくなったときは、その反射的効果として、目的物の所有権は贈与者の手を離れて受領者に帰属するにいたったものと解するのが、最も事柄の実質に適合し、かつ、法律関係を明確ならしめる所以と考えられるからである。
解説
本判決は、未登記建物の引渡しが不法原因給付を規定する民法708条の「給付」に当たるとし、不当利得を理由とする本件建物の返還請求を否定するとともに、所有権を理由とする返還請求も否定しました。そうすると、建物の所有権が給付者に残るが返還を認めないという不都合な結果が生じますが、本判決は、不法原因給付者が返還請求できないことの反射的効果として、建物所有権は受給者に帰属するとしました。
この分野の重要判例
◆不当利得における利得の限界(最判昭43.9.26)
およそ不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の理念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負担させるものであるが、いまXが、Aから金員を騙取又は横領して、その金銭で自己の債権者Yに対し債務を弁済した場合に、XのYに対する不当利得返還請求が認められるかどうかについて考えるに、騙取又は横領された金銭の所有権がXに移転するまでの間そのままXの手許にとどまる場合にだけ、Xが損失のYとの利得との間に直接関係があるとすべきではなく、Aが騙取又は横領した金銭をそのままYの利益に使用したように、あるいはこれを自己の金銭と混同させ又は両替し、あるいは銀行に預入れ、あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を別途工面した金員によって補填する等してから、Yのために使用して、社会通念上Xの金銭でYの利益をはかったと認められるだけの連絡がある場合には、なお不当利得の成立を要すると解するのが相当である。また、YがAの右金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、Yの右金銭の取得は、被騙取者又は被横領者たるXに対する関係においては、法律上の原因がなく、Yが当該利得と解するのが相当である。
解説
本件は、AがXからだまし取った金銭で自己の債権者Yに弁済したという事案であり、XがYに対し不当利得返還請求できるかどうかが問題となりました。
◆既登記建物の贈与と不法原因給付(最判昭46.10.28)
贈与が不法の原因に基づくもので民法708条にいう給付があったとして贈与者の返還請求を拒みうるためには、既登記の建物にあっては、その占有の移転のみでは足りず、所有権移転登記手続が履践されていることをも要する。
◆不法原因給付の返還特約(最判昭28.1.22)
被上告人の上告人に対する8万4000円の不法原因給付であってその返還を請求し得ないものであるとしても元来同弁済が不法のため給付をした者に対し給付したものの返還を請求することはできないと定めたのは、かかる給付者の返還請求に法律上の保護を与えないというだけであって、受領者をしてその給付を受けたものを法律上の原因なく給付があったものとして保有せしめる趣旨ではないこと、従って、受領者においてその給付を受けたものをそのまま給付者に対し任意返還することは勿論、更に給付を受けた不法原因契約を合意の上解除してその給付物を返還する特約をすることは、同条の禁ずるところではないと解するを相当とする。そして、かかる特約が民法90条により無効であると解することのできないことも多言を要しない。
◆転用物訴権(最判平7.9.19)
XがY間の請負契約に基づき建物全体の修繕工事をしたが、その工事代金は無資力になったAのための建物を賃貸したXが、Aが無資力になったため、Yに対し不当利得を理由として請負代金相当額の金員の支払を請求した事案です。本判決は、当事者が無償で利益を得たと認められる場合に限って転用物訴権を肯定しました。
過去問
妻子ある男が不倫関係を維持するために、その所有する不動産を愛人に贈与した場合でも、男は愛人に対してその贈与不動産の返還を請求することができる。(公務員2020年)
金銭をだまし取った者がその金銭で自己の債権者に弁済した場合は、債権者がその金銭の取得を金銭をだまし取られた者に対する関係で、不当利得をした。(司法書士2017年)
不法原因給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができず、また、給付をうけた不法原因契約を合意の上解除し、その給付物を返還する特約をすることは、無効である。(公務員2022年)
Cは、BからB所有の家屋を賃借した際に、CがBに対して権利金を支払わない代わりに、CがBに対し修繕代金相当額の返還を請求することはできない。(行政書士2010年)
× 贈与不動産が未登記の場合には「引き渡し」を、既登記の場合は「所有権移転登記」をすれば708条の「給付」に当たり返還請求はできません(最大判昭45.10.21、最判昭46.10.28)。これらの場合、当該不動産の返還を請求することはできません。
○ 金銭をだまし取った者がその金銭で自己の債権者に弁済した場合は、債権者がその金銭を悪意で受領したときは、債権者のその金銭の取得は、金銭をだまし取られた者に対する関係で、法律上の原因がなく、不当利得となります(最判昭49.9.26)。
× 不法原因給付された物を給付者に返還する特約は民法708条に違反せず、有効です(最判昭28.1.22)。
○ Aは、Bに対して修繕代金相当額の返還を請求するには、Bが法律上の原因なく修繕代金相当額の利益を受けたとみとめる必要があり、そう言えるのは、BC間の賃貸借契約を全体としてみて、Bが対価関係なしに右利益を受けたと評価されるとき(最判平7.9.19)。しかし、Bは、Cから権利金の支払を受けない代わりにCが修繕義務を負うこととしているので、対価関係なしに修理代金相当の利益を受けたとはいえず、Aは、Bに対して修繕代金相当額の返還を請求することはできません。