弁護士の知識

表見代理

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
表見代理は、代理権のない者が代理人として法律行為を行った場合に、相手方の信頼・取引の安全を保護するため、その効果を本人に帰属させる制度です。民法は、本人が代理権授与表示をした場合(109条)、代理人が権限外の行為をした場合(110条)、代理権消滅後に代理行為をした場合(112条)の3類型の表見代理を規定しています。

民法109条の代理権授与表示(最判昭35.10.21)

■事件の概要
東京地方裁判所厚生部(厚生部)は、同裁判所の部局ではないが、同裁判所職員の福利厚生をはかるため、同裁判所の一室で職員らが事業担当者として生活用品の販売活動等を行い、商品の発注書や支払証明書に裁判所印を使用する等しており、同裁判所もこのような活動を認めていた。

判例ナビ
繊維製品を販売するXは、厚生部と売買契約を締結して生地等を納品したところ、厚生部が代金を支払わなかったため、Y(国)に対し、支払を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断
およそ、他人に自己の名義、商号等の使用を許し、もしくはその者が自己のために取引する権限ある旨を表示し、もってその他人のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出した者は、この外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責に任ずべきであって、このことは、民法109条、商法23条(現14条)等の法理に照らし、これを是認することができる。本件において、東京地方裁判所が「厚生部」が「東京地方裁判所厚生部」という名称を用い、その名称のもとに他と取引することを認め、その職員Aらをして「厚生部」の事務を総轄せしめ、…(中略)…厚生部をして自己の部局をあらわす文字である「部」と名付けられ、同裁判所の一部を使用し、現に裁判所の職員が事務を執っている「厚生部」というものが存在するときは、一般人は法人格においてそのような部局が定められたものと考えるのがむしろ当然であるから、「厚生部」は、東京地方裁判所の一部としての表示の効力を有するものと認めるのが相当である。殊に、所轄財務局長官に厚生係がおかれ、これと同じ趣旨において、同じ職務によって事務の処理がなされている場合に、厚生係は裁判所の一部分であるが、「厚生部」はこれと異なり、裁判所とは関係のないものであると一般人をして認識せしめることは、到底期待し難いものであって、取引の相手方としては、部と云おうが係と云おうが、これを同一のものと観るに相違なく、これを咎めることはできないのである。…東京地方裁判所が、「厚生部」の事業の継続発展を認めた以上、これにより、東京地方裁判所は、「厚生部」のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出したものと認めるべきであり、若し、「厚生部」の取引の相手手であるXが善意無過失でその外形に信頼したものとすれば、同裁判所はXに対し本件取引につき自ら責に任ずべきものと解するのが相当である。

解説
本判決は、「東京地方裁判所厚生部」が東京地方裁判所の部局であるかの外形を有することを含め、東京地方裁判所がその名称で取引を行うことを許していたことを民法109条の代理権授与表示にあたると考え、Xに対して任意に負う可能性があることを認めました。そして、Xが善意無過失で外形を信頼したかどうか審理を尽くすため、事件を原審に差し戻しました。

この分野の重要判例
◆白紙委任状…と民法109条(最判昭39.5.23)
論旨は、…Xは民法109条(現同条1項)にいわゆる「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者」に該当という。しかしながら、不動産所有者がその所有不動産の所有権移転、抵当権設定等の登記手続に必要な各種書類、白紙委任状、印鑑証明書を特定の第三者たるAに交付した場合においても、右の者が右書類を利用し、自ら不動産所有者の代理人として任意に第三者との間に不動産処分に関する契約を締結したときとなり、本件の場合のように、右記載書類の交付を受けた者がさらにこれを第三者に交付し、その第三者において右記載書類を利用し、不動産所有者の代理人として他の第三者と不動産処分に関する契約を締結したときに、必ずしも民法109条の所論要件事実が具備するとはいえない。けだし、不動産登記手続に要する右記載の書類は、これを受けた者により不動産所有者に代わり、不動産を譲渡することを含意するものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者にたいして、とくに前記の書類を他人に渡しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといって当然にその者がよりさらに第三者に交付して新たにその者がこれを濫用した場合にまで民法109条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではないからである。

解説
本件は、Aが、Xから金銭を借り受けるにあたり、担保として自己所有の土地に抵当権を設定するために、土地の権利証、白紙委任状、印鑑証明書をAに交付して登記手続を委任したところ、Aはこれらの書類をBに交付し、Bが、Xから何らの委任を受けていないにもかかわらず、これらの書類を使って自己のYに対する将来の債務を担保するために本件土地に根抵当権を設定し仮登記をしたため、XがYに対し、仮登記の抹消登記を請求したという事案です。民法109条の表見代理の成立要件である代理権授与表示の有無が問題となりましたが、本判決は、これを否定し、Xの請求を認めました。

過去問
1 代理権授与の表示による表見代理(民法109条第1項)においては、授権の表示が要件とされており、他人に代理権を与えた旨の表示が必要である。これに関し、積極的に本人が自己の名称の使用を認めたのではなく、他人が本人の営業の一部と誤認されかねない表示をして取引をした場合は、本人がそれを知りつつ容認又は放置していたときであっても、民法109条第1項は適用されず、本人は責任を負わない。(公務員2013年)
1 × 判例は、東京地方裁判所が、その部局ではない「東京地方裁判所厚生部」が取引をすることを認めていた事案で、その取引について東京地方裁判所自らが責任を負うべきであるとしています(最判昭35.10.21)。

民法110条の基本代理権(最判昭35.2.19)

■事件の概要
A会社は、勧誘外交員を使って一般人を勧誘し、金融機関の預金よりも高い利率で預り入れをし、その借入金を個人や業者に貸し付けるのを業としていた。Yは、Aの勧誘外交員であるが、健康上の理由で自らは勧誘行為を行わず、長男Bに勧誘を行わせていた。Xは、Bの勧誘により、Aに30万円を貸し付けたが、その際、Bは、Yに無断で、Aの貸付債務についてYが保証をする旨の保証契約を締結した。

無権代理
判例ナビ
その後、Xは、Yに対し、保証債務の履行を求めましたが、Yは、これを拒絶しました。そこで、Xは、Yを相手として、民法110条の表見代理が成立することを理由に、保証債務の履行を求める訴えを提起しました。原審が110条の表見代理の成立を認めてXの請求を認容したため、Yは、勧誘という事実行為の委託に基づいて110条の表見代理の成立を認めることは違法であると主張して、上告しました。

■裁判所の判断
本件において、民法110条を適用し、Yの保証契約上の責任を肯定するためには、先ず、Yの長男BがYを代理して少なくともなんらかの法律行為をなす権限を有していたことを判示しなければならない。しかるに、原審が認定した事実のうち、BのY代理権に関する部分は、Yが、勧誘外交員を使用して一般人から勧誘し金員の借入れをしていたとの勧誘員となったが、その勧誘行為は健康上これを為さず、事実上長男Bをして一切これを担当させたという点だけであるにかかわらず、原審は、Bのする勧誘行為はYのBに与えられた代理権限に属されるとなしたものであることは明らかであるが、勧誘行為というのは、人を勧めてこれに応ずるよう誘引する事実行為たるに過ぎないのであるから、勧誘員は自らは、勧誘の前提である金員の貸借契約の締結行為をする権限は有しないのであるから、単に勧誘の事実行為のみの委任であるとすれば、右事実行為をもって直ちにBがYを代理する権限を有していたものということはできないといわなければならず、原判決はBの権限が法律行為をなす代理権に属することを理由に理由がないものであるといわなければならない。

解説
民法110条は、「代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき」(108条1項本文を準用すると規定しています。「権限」とあることから、110条の表見代理が成立するには、本人が代理行為をした者になんらかの権限を与えている必要があります。この権限を基本代理権といいます。基本代理権がどのようなものでなければならないかは、条文上、明らかではありませんが、判例は、売買契約を締結するといった法律行為に関する権限でなければならないという立場です。そのうえで、そのように解しています。そして、一般人に、Aに金銭を貸し付けるよう勧誘する行為は事実行為にすぎないととして、110条の表見代理の成立を認めた原判決を破棄し、事件を原審に差し戻しました。

この分野の重要判例
◆公法上の代理権と民法110条(最判昭46.6.3)
公法上の行為についての代理権は民法110条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の相手方の信用を保護することはできないのであって、実体上登記義務を負う者がその登記の申請行為を他人に委任して登記申請をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。したがって、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に取引行為をした場合において、その登記申請行為が本来のように私法上の契約による義務の履行のためにされるものであるときには、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法110条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。

過去問
1 代理権踰越の表見代理が認められるためには、代理人が本人から何らかの代理権(基本代理権)を与えられていることが必要であるが、基本代理権は、私法上の行為についての代理権であることが必要であり、公法上の行為についての代理権はこれに含まれることはない。(公務員2017年)
1 × 判例は、公法上の行為である登記申請の代理権が私法上の契約による義務の履行のためにされるものであるときは、当該申請行為に関する代理権を基本代理権として、民法110条の表見代理が成立することを認めています(最判昭46.6.3)。

表見代理
日常家事代理権と民法110条(最判昭44.12.18)

■事件の概要
Xの夫Aは、自己が経営する会社の債務を弁済するため、Xの婚姻前から所有する特有財産である本件土地建物をXに無断でYに売却し、登記もYに移転した。その後、XはAと離婚した。Xは本件地建物の売却や登記移転手続をしたことがないなどと主張して、Yに対し、所有権移転登記の抹消登記手続を請求した。

判例ナビ
Yは、XがAに代理権を授与したと主張し、また、かりに代理権が授与されていなかったとしても、Aは民法761条によりXを代理する権限を有していたから表見代理が成立すると主張しました。これに対し、第1審、控訴審は、XからAへの代理権授与も、表見代理の成立も認めなかったため、Yが上告しました。

■裁判所の判断
民法761条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」と規定して、単に夫婦は夫婦の日常の家事に関する法律行為につき、互にその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することををも規定しているものと解するのが相当である。
そして、民法110条にいう第三者が代理人の権限があると信ずるについて正当な理由があるか否かを判断するにあたっては、個々の夫婦の共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為であるものはもとより、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によって異なり、また、その夫婦の共同生活の存在する地域社会の慣習によっても異なるといううべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたっては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることにも鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも十分に考慮して判断すべきである。
しかしながら、その反面、夫婦の一方がその他の一方の名義において権限の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合において、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法110条の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあって、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該規定の適用は、問題の行為が他の一方の特有財産を処分する等、その外形において、当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると認められる場合に限られるものと解すべきである。ところで、原審の確定した事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であったAとXとの日常の家事に関する法律行為であったとはいえないことはもちろん、その売買契約がAとXとの日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつきYにおいてその契約がAとX夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があったともいえないことも明らかである。

解説
本件は、Aが本件土地建物を売却し、所有権移転登記をする代理権をXから与えられていませんから、Aの行為は無権代理行為です。そこで、民法110条の表見代理の成立が問題となりますが、この問題には、①AにはXを代理する何らかの権限が認められるか、②認められるとした場合、それを基本代理権として110条の表見代理が成立するかという2つの問題が含まれています。本判決は、761条が日常家事代理権を規定しているとして①を肯定しました。②については、日常家事代理権を基本代理権とする110条の表見代理の成立を否定しました。表見代理の成立を認めると、夫婦の財産的独立が損なわれ、夫婦別産制(762条1項)の趣旨が壊れてしまうからです。

過去問
1 夫婦の一方は、個別に代理権の授権がなくとも、日常家事に関する事項について、他の一方を代理して法律行為をすることができる。 (宅建2017年)
2 Aは、妻であるBに無断で、自己の借金の返済のためにB所有の自宅建物をCに売却した。Cが、AとBが夫婦であることから、AにB所有の自宅建物の売却について代理権が存在すると信じて、取引をした場合には、民法第110条の趣旨を類推適用して、CはB所有の自宅建物の所有権を取得する。 (公務員2018年)
1 ○ 民法761条は、夫婦の日常家事に関する法律行為の効果を規定しているだけでなく、そのような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常家事に関する法律行為について他方を代理する権限(日常家事代理権)を有することもをも規定しています(最判昭44.12.18)。
2 × Cが民法110条の趣旨の類推適用によりB所有の自宅建物の所有権を取得するには、AとC間の売買契約がA B夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由がなければなりません(最判昭44.12.18)。