詐欺
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
詐欺による意思表示は、原則として取り消すことができます(民法96条1項)。ただし、第三者が詐欺を行った場合は、相手方が詐欺の事実を知り、または知ることができた場合に限り、取り消すことができます(同条2項)。第三者が詐欺を行った場合は、何ら落ち度のない意思表示の相手方を保護する必要があるからです。詐欺による取消しの意思表示は、善意無過失の第三者に対抗することができません(同条3項)。
民法96条3項の「第三者」の登記の必要性(最判昭49.9.26)
■事件の概要
Xは、自己の所有する農地(本件土地)をAに売却する契約を締結した。契約締結当時、Aは、代金を現金ですぐに支払える状態ではなかったが、本件土地上に建売住宅を建設・販売し、その代金を支払いに充てると説明し、Xもこの説明を信じたため、農地法5条の許可を停止条件とする所有権移転の仮登記をした。しかしその後、Aは、本件土地をYに譲渡し、仮登記移転の付記登記を経由した。倒産した。そこで、Xは、Aとの売買契約を取り消し、Yを相手として付記登記の抹消登記手続を請求する訴えを提起した。
判例ナビ
XがAとの売買契約を取り消した理由は、本件土地上に建売住宅を建設・販売し、その代金を支払いに充てるというAの説明は、実現不確実な計画を実現可能であるかのように装って支払能力があるとXを誤信させたもので、民法96条1項の「詐欺」に当たるというものでした。そこで、訴訟では、詐欺が成立するかどうかが成立するとした場合、Yが民法96条3項の「第三者」として保護されるかどうかが問題となりました。第1審は、Xの請求を棄却しましたが、控訴審はXの請求を認容しました。そこで、Yが上告しました。
■裁判所の判断
民法96条1項、3項は、詐欺による意思表示をした者に対し、その意思表示の取消権を与えることによって詐欺被害者の救済をはかるとともに、他方その取消しの効果を「善意の第三者」(現「善意でかつ過失がない第三者」)との関係において制限することにより、当該意思表示が有効なことを信頼して新たに利害関係を有するに至った者の地位を保護しようとする趣旨の規定であるから、右の第三者の範囲は、対象の外形のような立場に照らして合理的に限定されるべきであって、必ずしも、所有権その他の物権の取得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限らなければならない合理的理由は、見出し難い。
ところで、本件仮登記については、売買の許可がないかぎり所有権移転の効力を生じないが、さりとて全く売買契約的なんらの効力を有しないものではなく、将来の物権の変動が生じ、売主であるXは、買主であるAのため、知事に対し所定の許可申請をなすべき義務を負い、もしその許可があったときには所有権移転登記手続をなすべき義務を負うに至るのであり、これに対応して、買主は売主に対し、かような条件付の権利を取得し、かつ、この権利を所有権移転請求権保全の仮登記によって保全できる手続きすべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである。そうして…Yは、Aが本件農地について取得した右の権利を譲り受け、仮登記移転の付記登記を経由したというのであり、これにつぎXの承諾を与えた事実が認定されていない以上は、YがXに対し、直接、本件農地の買主としての権利を主張することは許されないにしても、…Yは、もし本件売買契約について農地法5条の許可がありAが本件農地の所有権を取得した場合には、その所有権を正当に取得することのできる優位な地位のものということができる。
そうすると、Yは、以上の意義において、本件売買契約から発生した法律関係について新たに利害関係を有するに至った者といううべきであって、民法96条3項の第三者にあたると解するのが相当である。
解説
本判決は、詐欺による意思表示を有効と信頼して新たに利害関係を有するに至った「第三者」を保護するという民法96条3項の趣旨を理由に、同項の「第三者」は所有権その他の物権の取得者で、かつ、対抗要件を備えた者に限定されないとし、Yを第三者に当たるとしました。そのため、本判決は民法96条3項の第三者は対抗要件としての登記を備えている状況を保護要件とせず、登記がなくても保護されるとする(登記不要説)のが一般的です。
この分野の重要判例
◆民法96条3項の第三者(大判昭17.9.30)
民法96条3項が「詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者(現「善意でかつ過失がない第三者」)に対抗することができない。」と規定するのは、取消しの遡及効を制限する趣旨であるから、ここにいう第三者とは、取消しの遡及効によって影響を受ける第三者、すなわち取消し前からすでにその行為の効力について利害関係を有する第三者に限定して解釈すべきである。取消し後に初めて利害関係を有するに至った第三者は、その第三者が関係発生当時に取消及び取消しの事実を知らなかったとしても、右条項の適用を受けない。しかし、右条項の適用がないことから直ちに第三者に対して取消しの結果を無条件に対抗することができるとすることはできない。…本件売買の取消しにより、土地所有権は売主に復帰し、初めから買主に移転しなかったこととなるが、この物権変動は、民法177条により、登記をしなければ第三者に対抗することができない。
解説
本判決は、96条3項の「第三者」は、詐欺による意思表示が取り消される前に利害関係を有した者(取消前の第三者)に限られ、取消後の第三者は含まれないことを明らかにした。この判例によると、例えば、「自己所有の土地をAに売却し登記も移転したXが、Aの詐欺を理由に売買契約を取り消したが、一方で、Aは、同土地をYに転売した」という場合、Yは、取消前の(善意無過失の)第三者であれば、96条3項によって保護されますが、取消後の第三者であれば、民法177条が適用され、X・Yの優劣は先に登記を備えた方が優先することとなります。
◆Yの優劣は先に登記を備えた方が優先することとなります。
信義則上相手方に告知する義務がある場合において、これを黙秘して善意の売主と売買契約を締結したときは、沈黙も詐欺に当たる。
解説
本件は、山林の共有持分の売主が売買の斡旋者に対し買主に直接売りたいと申し出たところ、すでに斡旋者と第三者の間で高額で売買契約が成立していたにもかかわらず、これを黙秘し、斡旋者から第三者に売った方が良いと買主を説得し、斡旋者自ら低額で買い取ったという事案です。
過去問
1 詐欺による意思表示の取消しは、これをもって取消前の善意の第三者に対抗することができない。そして、詐欺の被害者を保護する要請から、この第三者は対抗要件を備えた者に限定され、目的物が不動産の場合、その対抗要件とは仮登記ではなく本登記まで必要である。(公務員2013年)
2 詐欺とは、人を欺罔して錯誤に陥らせる行為であるから、情報提供の義務があるにもかかわらず沈黙していただけの者に詐欺が成立することはない。(公務員2020年)
1 × 取消前の善意の第三者は、対抗要件を備えなくても、民法96条3項の第三者として保護されます(最判昭49.9.26)。
2 × 信義則上情報提供の義務がある場合に、これを提供せず沈黙していたときは、詐欺が成立します(大判昭16.11.18)。
詐欺による意思表示は、原則として取り消すことができます(民法96条1項)。ただし、第三者が詐欺を行った場合は、相手方が詐欺の事実を知り、または知ることができた場合に限り、取り消すことができます(同条2項)。第三者が詐欺を行った場合は、何ら落ち度のない意思表示の相手方を保護する必要があるからです。詐欺による取消しの意思表示は、善意無過失の第三者に対抗することができません(同条3項)。
民法96条3項の「第三者」の登記の必要性(最判昭49.9.26)
■事件の概要
Xは、自己の所有する農地(本件土地)をAに売却する契約を締結した。契約締結当時、Aは、代金を現金ですぐに支払える状態ではなかったが、本件土地上に建売住宅を建設・販売し、その代金を支払いに充てると説明し、Xもこの説明を信じたため、農地法5条の許可を停止条件とする所有権移転の仮登記をした。しかしその後、Aは、本件土地をYに譲渡し、仮登記移転の付記登記を経由した。倒産した。そこで、Xは、Aとの売買契約を取り消し、Yを相手として付記登記の抹消登記手続を請求する訴えを提起した。
判例ナビ
XがAとの売買契約を取り消した理由は、本件土地上に建売住宅を建設・販売し、その代金を支払いに充てるというAの説明は、実現不確実な計画を実現可能であるかのように装って支払能力があるとXを誤信させたもので、民法96条1項の「詐欺」に当たるというものでした。そこで、訴訟では、詐欺が成立するかどうかが成立するとした場合、Yが民法96条3項の「第三者」として保護されるかどうかが問題となりました。第1審は、Xの請求を棄却しましたが、控訴審はXの請求を認容しました。そこで、Yが上告しました。
■裁判所の判断
民法96条1項、3項は、詐欺による意思表示をした者に対し、その意思表示の取消権を与えることによって詐欺被害者の救済をはかるとともに、他方その取消しの効果を「善意の第三者」(現「善意でかつ過失がない第三者」)との関係において制限することにより、当該意思表示が有効なことを信頼して新たに利害関係を有するに至った者の地位を保護しようとする趣旨の規定であるから、右の第三者の範囲は、対象の外形のような立場に照らして合理的に限定されるべきであって、必ずしも、所有権その他の物権の取得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限らなければならない合理的理由は、見出し難い。
ところで、本件仮登記については、売買の許可がないかぎり所有権移転の効力を生じないが、さりとて全く売買契約的なんらの効力を有しないものではなく、将来の物権の変動が生じ、売主であるXは、買主であるAのため、知事に対し所定の許可申請をなすべき義務を負い、もしその許可があったときには所有権移転登記手続をなすべき義務を負うに至るのであり、これに対応して、買主は売主に対し、かような条件付の権利を取得し、かつ、この権利を所有権移転請求権保全の仮登記によって保全できる手続きすべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである。そうして…Yは、Aが本件農地について取得した右の権利を譲り受け、仮登記移転の付記登記を経由したというのであり、これにつぎXの承諾を与えた事実が認定されていない以上は、YがXに対し、直接、本件農地の買主としての権利を主張することは許されないにしても、…Yは、もし本件売買契約について農地法5条の許可がありAが本件農地の所有権を取得した場合には、その所有権を正当に取得することのできる優位な地位のものということができる。
そうすると、Yは、以上の意義において、本件売買契約から発生した法律関係について新たに利害関係を有するに至った者といううべきであって、民法96条3項の第三者にあたると解するのが相当である。
解説
本判決は、詐欺による意思表示を有効と信頼して新たに利害関係を有するに至った「第三者」を保護するという民法96条3項の趣旨を理由に、同項の「第三者」は所有権その他の物権の取得者で、かつ、対抗要件を備えた者に限定されないとし、Yを第三者に当たるとしました。そのため、本判決は民法96条3項の第三者は対抗要件としての登記を備えている状況を保護要件とせず、登記がなくても保護されるとする(登記不要説)のが一般的です。
この分野の重要判例
◆民法96条3項の第三者(大判昭17.9.30)
民法96条3項が「詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者(現「善意でかつ過失がない第三者」)に対抗することができない。」と規定するのは、取消しの遡及効を制限する趣旨であるから、ここにいう第三者とは、取消しの遡及効によって影響を受ける第三者、すなわち取消し前からすでにその行為の効力について利害関係を有する第三者に限定して解釈すべきである。取消し後に初めて利害関係を有するに至った第三者は、その第三者が関係発生当時に取消及び取消しの事実を知らなかったとしても、右条項の適用を受けない。しかし、右条項の適用がないことから直ちに第三者に対して取消しの結果を無条件に対抗することができるとすることはできない。…本件売買の取消しにより、土地所有権は売主に復帰し、初めから買主に移転しなかったこととなるが、この物権変動は、民法177条により、登記をしなければ第三者に対抗することができない。
解説
本判決は、96条3項の「第三者」は、詐欺による意思表示が取り消される前に利害関係を有した者(取消前の第三者)に限られ、取消後の第三者は含まれないことを明らかにした。この判例によると、例えば、「自己所有の土地をAに売却し登記も移転したXが、Aの詐欺を理由に売買契約を取り消したが、一方で、Aは、同土地をYに転売した」という場合、Yは、取消前の(善意無過失の)第三者であれば、96条3項によって保護されますが、取消後の第三者であれば、民法177条が適用され、X・Yの優劣は先に登記を備えた方が優先することとなります。
◆Yの優劣は先に登記を備えた方が優先することとなります。
信義則上相手方に告知する義務がある場合において、これを黙秘して善意の売主と売買契約を締結したときは、沈黙も詐欺に当たる。
解説
本件は、山林の共有持分の売主が売買の斡旋者に対し買主に直接売りたいと申し出たところ、すでに斡旋者と第三者の間で高額で売買契約が成立していたにもかかわらず、これを黙秘し、斡旋者から第三者に売った方が良いと買主を説得し、斡旋者自ら低額で買い取ったという事案です。
過去問
1 詐欺による意思表示の取消しは、これをもって取消前の善意の第三者に対抗することができない。そして、詐欺の被害者を保護する要請から、この第三者は対抗要件を備えた者に限定され、目的物が不動産の場合、その対抗要件とは仮登記ではなく本登記まで必要である。(公務員2013年)
2 詐欺とは、人を欺罔して錯誤に陥らせる行為であるから、情報提供の義務があるにもかかわらず沈黙していただけの者に詐欺が成立することはない。(公務員2020年)
1 × 取消前の善意の第三者は、対抗要件を備えなくても、民法96条3項の第三者として保護されます(最判昭49.9.26)。
2 × 信義則上情報提供の義務がある場合に、これを提供せず沈黙していたときは、詐欺が成立します(大判昭16.11.18)。