弁護士の知識

虚偽表示

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
相手方と通じて行った偽りの意思表示を虚偽表示といいます。例えば、Xが、強制執行を免れるために、Yと意思を通じて自己の所有する土地をBに譲渡したことにして(仮装譲渡)、登記もYに移転する場合です。虚偽表示は、無効です(民法94条1項)。表意者も相手方も意思表示と真意が不一致であることを認識しているので、意思表示を有効として保護する必要がないからです。ただし、虚偽表示の無効は、善意の第三者に対抗することができません(同条2項)。虚偽表示を有効と信じて、虚偽表示を前提に新たな法律関係を形成した第三者を保護する必要があるからです。

民法94条2項の第三者(最判昭45.7.24)

■事件の概要
Xは、Aから本件不動産を買い受けてその所有権を取得したが、子のBの名義を使用して所有権移転登記を経由した。Xは、本件不動産をBに信託する意思はなく、Bは登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎない。その後、Bは、本件不動産をYに売り渡し、所有権移転登記を経由したが、買受当時、Yは、本件不動産がBの所有に属しないことを知っていた。さらに、Yは、本件不動産をZに売り渡し、所有権移転登記を経由したが、XがZを提訴すると、本件不動産がXの所有に属することを主張して、その処分を禁止する仮処分の執行をした後、YとZ間の売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消された。

判例ナビ
Zは、Xに対し、Y Z間の売買契約の合意解除前にXのした仮処分の執行が、Zの取得した不動産所有権を侵害するとして、不法行為を理由とする損害賠償を請求しました。そこで、この請求の当否の前提として、Xのした仮処分がZに対する不法行為を構成するか否かを決するために、仮処分執行時に、XがZに対し自己の所有権を主張しうる関係にあったかどうかが問題となりました。

■裁判所の判断
民法94条2項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であって、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至った者をいい、虚偽表示の相手方との間では表示の目的につき直接取り引き関係に立った者のみならず、その者からの転得者を含む右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はない。これを本件についていえば、Zは、そう主張するとおりYとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによってZが所有権を取得しうるか否かは、一に、Xにおいて、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のBの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、Zに対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、Zは、右売買契約の締結時においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前主たるBが本件不動産の所有権を有しない事実の記載を識ることあると知らなかったものであるかぎり、同条項の類推適用による保護をうけるものといううべきであり、右時点でのZに対する関係における所有権帰属の判断は、Yが悪意であったことによっては左右されないものと解すべきである。

解説
本判決は、まず、「不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につきその他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法94条2項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもって、善意の第三者に対抗することができない」という従来からの判例が登記名義人の承諾のない場合にも妥当することを明らかにしました。そのうえで、民法94条2項の「第三者」の意義を明らかにし、直接の第三者が悪意であっても、善意の転得者は「第三者」として保護されるとしました。

この分野の重要判例
◆民法94条2項の第三者の登記の要否(最判昭44.5.27)
民法94条が、その1項において相手方と通じてした虚偽の意思表示を無効としながら、その2項において右無効をもって善意の第三者に対抗することができないと規定しているのも、ゆえんは、外形を信頼した者の権利を保護し、もって、取引の安全をはかることにある。しからば、この目的のため右のような外形を作り出した表意者が自身が、一連の取引における当事者に対して不利益を被ることがあるのは、当然の結果といわなければならない。したがって、いやしくも、自ら仮装行為をした者が、かかる外形を信頼ないしは、信頼する第三者のその外形を前提として取引関係に入った場合においては、その取引から生ずる物権変動について、登記の第三者に対する対抗要件とされているときでも、右仮装行為者としては、右第三者の登記の欠缺を主張して、物権変動の効力を否定することはできないものと解すべきである。

過去問
1 AはBと通謀してA所有の土地をBに仮装譲渡したところ、Bが当該土地を悪意のCに譲渡し、さらにCが悪意のDに譲渡した。この場合、Aは、虚偽表示の無効をDに対抗できない。(行政書士2012年)
1 〇 虚偽表示の相手方と直接取引関係に立った者だけでなく、その者からの転得者も94条2項の第三者に当たり、善意であれば保護されます(最判昭45.7.24)。したがって、Aは、虚偽表示の無効をDに対抗できません。

不実の登記と民法94条2項の類推適用(最判昭45.9.22)

■事件の概要
Xは、兄嫁中のAから借入金の援助を受けて本件土地をBから購入し、所有権移転登記を経由したが、Aは、その貸金と本件土地の権利証をXに無断で持ち出し、X·A間の合意を原因とする所有権移転登記を経由した。この事、直ちにXの知るところとなったため、Aは、登記名義の回復を約束したが、XとAは婚姻し、同居するようになったこともあって、登記名義は回復されないままであった。しかしその後、夫婦仲が悪くなり、Aは、Xを相手として離婚の訴えを提起し、訴訟費用を捻出するため、本件土地をYに売却し、登記を移転した。

虚偽表示
判例ナビ
Xは、Yを相手として、所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を認容したため、Yが上告しました。

■裁判所の判断
不動産の所有者が、真実その所有権を移転する意思がないのに、他人と通謀してその者にたいする虚偽の所有権移転登記を経由したときは、右所有者は、民法94条2項により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもって善意の第三者に対抗しえない。不動産の所有権移転登記の経由が所有者の不知の間に他人の専断によってされた場合でも、所有者が右不実の登記のされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示または黙示に承認していたときは、右の場合と同条項を類推適用し、所有者は、前記の場合に同じく、その後当該不動産につき法律上利害関係を有するに至った善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を取得していないことをもって対抗することをえないものと解するのが相当である。けだし、不実の登記が真実の所有者の承認のもとに存続せしめられている以上、不実の登記が意思の外形に与えられた事後になされたかによって、登記による所有権帰属の外形を信頼した第三者の保護に差等を設けるべき理由はないからである。

解説
Aは、Xに無断で所有権移転登記をしただけであり、X A間には何らの意思表示も存在しませんから、民法94条2項を直接適用することはできません。また、わが国では、登記に実体権の権利関係を反映していない不実のものであっても、それを信頼した者に権利の取得を保護するという民法上の規定(登記の公信力)が認められていないので、Yは、A名義の登記を信頼して買い受けたというだけでは、本件土地の所有権を取得することはできません。そこで、本判決は、民法94条2項の類推適用という法律構成を用いて、Yが保護される余地を認めました。