弁護士の知識

公序良俗

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

公序良俗
ガイダンス
民法90条は、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」と規定しています。公の秩序(公序)とは国家社会の一般的な秩序、善良な風俗(良俗)とは社会の一般的な道徳観念を意味し、両者を併せて公序良俗といいます。公序良俗に違反する行為には、人倫に反する行為(犯罪行為、性道徳に反する行為等)、経済・取引秩序に反する行為(暴利行為等)、憲法的な価値や公法的な政策に違反する行為(男女差別定年制)等があります。

公序良俗違反の判断時期 (最判平15.4.18)
■事件の概要
1985(昭和60)年、B社とXは、Y証券会社の勧誘に応じて、A信託銀行に30億円を信託して運用する旨の契約を締結するとともに、Yとの間で、信託期間満了時に信託元金を補った額から信託報酬等を控除した金額が30億円と年8%の利回りの合計額に満たない場合は、その差額部分をXに支払う旨の損失保証契約(本件保証契約)を締結した。Yが本件保証契約を履行しなかったため、1993(平成5)年、Xは、Yに対し、主位的に、本件保証契約の履行を求める訴えを提起するとともに、予備的に、信託元本相当額とこれに対する一定の利率による金員の支払を保証した旨のYの勧誘が不法行為に当たるとして損害賠償を求める訴えを提起した。

判例ナビ
第1審はXの請求を棄却したが、控訴審は、本件保証契約は公序良俗に違反して無効とはいえないとしてXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。

■裁判所の判断
法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは、法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。ただし、民事上の法律行為の効力は、特別の為に限り、行為当時の法令に照らして判定すべきものであるが、この理は、法律行為の内容の公序性が、その後の法令、特に強行法規の制定によって初めて明確に認識されるに至った場合であっても、法律行為の当事者の認識にかかわらず妥当する。本件保証契約が締結された当時は、証券取引法において証券会社が損失補填等をすることが禁止されていなかったが、その後に改正された同法において、これが禁止されたことは明らかである。本件保証契約が締結された当時においても、既に、損失保証等が証券取引等において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみることは困難であるというべきである。そうすると、本件保証契約が公序に反し無効であるとすることはできないとする原審の判断は、是認することができる。

解説
損失補填は、X・Y間で本件保証契約が締結された1985 (昭和60) 年当時は、証券取引法(現金融商品取引法)違反として行政処分の対象となっていたものの、私法上は有効であると考えられていました。しかし、1991 (平成3) 年の証券取引法改正で明記をもって禁止されることとなり、XがYに本件保証契約の履行を請求した1993(平成5)年当時は、反社会性の強い公序良俗違反行為と社会的に認識されていました。そこで、本件では、公序良俗の有無を、契約締結時、履行請求時のいずれの時点ですべきかが問題となりました。本判決は、法律行為がされた時点、すなわち、契約締結時で判断すべきであるとし、本件保証契約を公序良俗違反で無効とすることはできないとしました。ただし、本判決は、Xの主位的請求は、「証券取引法50条の2第1項3号によって禁止されている財産上の利益提供を求めているものであることがその主張自体から明らかであり、法律上その請求が許容される余地はない」として、本件保証契約の履行請求をしりぞけ、予備的請求である不法行為に基づく損害賠請求の部分を原審に差し戻しました。

◆この分野の重要判例

◆不倫関係にある女性に対する包括遺贈 (最判昭61.11.20)
ある男性が若いわが子と半ば親子の関係にある女性に対し遺産の3分の1を包括遺贈した場合であっても、右遺贈が、妻との婚姻の実体をある程度失った状態のもとで右の関係が約6年間継続したのちに、不倫関係の維持継続を目的とするものではなく、もっぱら同女の生活を保全するためにされたものであり、当該遺贈により相続人である妻子の生活の基盤が脅かされるものとはいえないときであっても、右のような事情を斟酌することなく、包括遺贈を公序良俗に反するものとはいえない。

過去問

契約が公序に反することを目的とするものであるかどうかは、当該契約が成立した時点における公序に照らして判断すべきである。

愛人である男性が半ば親子の関係にある女性に対し遺産の3分の1を包括遺贈した場合、当該遺贈が、不倫な関係の維持継続を目的とせず、もっぱら同女の生活を保全するためにされたものであり、当該遺贈により相続人である妻子の生活の基盤が脅かされるものとはいえないときであっても、そのような遺贈を有効とすることは、不倫に対して法が容認したとみられ、不倫を増長しかねないから、公序良俗に反して無効である。(公務員2018年)

○ 契約のような法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは、法律行為がされた時点の公序に照らして判断されます(最判平15.4.18)。

× 不倫関係にある女性に対する包括遺贈であっても、本問のような事情がある場合は、公序良俗に反しません(最判昭61.11.20)。

取締法規違反の法律行為の効力 (最判平3.6.29)
■事件の概要
Xは、自らの法人を活用して不動産取引を継続的に行う計画を立て、宅地建物取引士の資格を有するAを上記計画に従ってX会社を設立してその代表取締役に就任し、Yは、Aを専任の宅地建物取引士として宅地建物取引業の免許を受けた。その後、Xは、上記計画に基づく事業の一環としてA会社の所有する土地建物(本件不動産)に係る取引を行うことにしたが、Aに対する不信感から、本件不動産に係る取引に際してAの名義を使用し、その後はXとYがAに上記事業に関与させないことにしようと考えた。そして、協議の結果、XはYとの間で、①本件不動産の購入及び売却についてはYの名義を用いるが、Xが売却先を選定した上で売買に必要な一切の事務を行い、②本件不動産の売却に伴って生ずる責任もXが負うこと、③本件不動産の売却代金はXが受領し、その中から、本件不動産の購入代金および費用等を賄い、Yに対して名義書換料として300万円を分配することとし、Yは、本件不動産の売却先から売却代金の送金を受け、売却代金から購入代金、費用等および名義貸し料を控除した残額をXに対して支払うこと、④本件不動産に係る取引の終了後、XとYは共同して不動産取引を行わないことを内容とする合意(本件合意)が成立した。その後、本件不動産は、Xが売却先の選定、契約書および重要事項説明書の作成等を行い、BからY、YからCへと売却された。そこで、Xは、Yに対し、本件不動産の売却代金からその購入代金、費用等および名義書換料を控除した残額2319万円を本件合意に基づいて支払うよう求めた。しかし、Yは、自らの取り分が300万円とされたことになどに納得していないとしてXの求めに応じず、上記計画に基づく事業への関与の継続を希望するなどしたものの、Xに対し、本件合意に基づく支払の一部として1000万円を支払った。

判例ナビ
Xは、Yに対し、本件合意に基づいてXに支払われるべき金員の残額として1319万円の支払を求める訴えを提起しました。これに対し、Yは、Xに対する1000万円の支払は法律上の原因のないものであったと主張して、不当利得返還請求権に基づき、その返還を求める反訴を提起しました。原審が本件合意の効力を認めて、Xの本訴請求を認容し、Yの反訴請求を棄却したため、Yは、上告しました。

■裁判所の判断
宅地建物取引業法は、第2章において、宅地建物取引業を営む者について免許制度を採用して、欠格要件に該当する者には免許を付与しないものとし、第3章において、免許を受けた宅地建物取引業者を営む者(以下「宅建業者」という。)に対する知事等の監督処分を定めている。そして、同法は、免許を受けない者(以下「無免許者」という。)が宅地建物取引業を営むことを禁止した上で(12条1項)、宅建業者が自己の名義をもって他人に宅地建物取引業を営ませることを禁止しており(13条1項)、これらの違反について罰則を定めている(79条2号、3号)。同法が宅地建物取引業を営む者について上記のような免許制度を採用しているのは、その者の信用力の適正な運営と宅地建物取引の公正を確保するとともに、宅地建物取引業の健全な発達を促進し、これにより購入者等の利益の保護等を図ることを目的とするものと解される(同法1条参照)。以上に鑑みると、宅建業者が無免許者にその名義を貸し、無免許者が当該名義を用いて宅地建物取引業を営む行為は、同法12条1項及び13条1項に違反し、同法の採用する免許制度を潜脱するものであって、反社会性の強いものというべきである。そうすると、無免許者が宅建業者に名義を借りて宅地建物取引業を営むことを目的とする契約は、宅地建物取引業を営むために宅建業者にその名義を借り、当該名義を借りてこれを業として行う取引に無免許者を関与させる旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反し、公序良俗に反するものであり、これと併せて、宅建業者の名義を借りてされた取引による利益を分配する旨の合意がされた場合、当該合意は、名義を借りて宅地建物取引業を営むことと一体のものとみるべきであるから、したがって、無免許者が宅地建物取引業を営むために宅建業者からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反するものとして、公序良俗に反し、無効であるというべきである。

解説
本件では、宅建業法の免許を受けない者(無免許者)Xが免許を有する宅建業者Yから名義を借り、その名義を使用して行われた取引による利益を両者で分配する旨の合意(利益分配の合意)の効力が問題となりました。本判決は、XがYから名義を借りる旨の合意(名義貸しの合意)を公序良俗に反するとした上で、利益分配の合意は、名義貸しの合意と一体をなすものであると評価し、公序良俗に反し無効であるとしました。

◆この分野の重要判例

◆営業許可を得ずにした売買契約の効力 (最判昭35.3.18)
本件売買契約が食品衛生法による取締の対象に含まれるかどうかはともかくとして同法は単なる取締法規にすぎないものと解するのが相当であるから、上告人が食肉販売業の許可を受けていないとしても、右法律により本件取引の効力が否定される理由はない。それ故右許可の有無は本件取引の私法上の効力に消長を及ぼすものではないとした原審の判断は結局正当であり、所論は採るを得ない。

解説
本件は、食品衛生法、営業許可を受けずに行った食肉販売の私法上の効力が問題となった事案です。本判決は、食品衛生法が取締法規にすぎないことを理由に食肉販売の私法上の効力を認めました。ただ、本件では、営業許可を受けていない者と第三者との間の取引行為であり、名義貸人と名義借人(無免許者)間の契約(合意)の効力が問題となった最判平3.6.29の事案とは事情が異なります。

◆食品衛生法違反の法律行為の効力 (最判昭39.1.23)
有毒性物質である銅滓の混入したアラレを販売すれば、食品衛生法4条2号に抵触し、処罰を免れないことは多言を要しないところであるが、その理由だけで、右アラレの販売は民法90条に反し無効のものとなるものではない。しかしながら、…右アラレの製造販売を業とする者が銅滓の有毒性物質であり、これを混入したアラレを販売することが食品衛生法の禁止しているものであることを知りながら、敢えてこれを製造の上、同じ販売業者である旨の要請に応じて売り渡し、その取引を継続したという場合には、一般大衆の購買のルートに乗せたものと認められ、その結果公衆衛生を害するに至るであろうことはみやすき道理であるから、そのような取引は民法90条に抵触し無効のものと解するを相当とすべきである。

解説
本件は、取締法規である食品衛生法に違反する法律行為の私法上の効力が問題となった事案です。本判決は、有毒性物質である銅滓入りのアラレの販売は食品衛生法に違反するものの、それだけで民法90条違反となるものではないとした上で、このようなアラレの販売が禁止されていることを知りながら、あえて製造・販売するような事情があるときは、民法90条に違反するとしました。

◆弁護士法違反の法律行為の効力 (最大決平21.8.12)
債権の管理又は回収の委託を受けた弁護士が、その手段として本案訴訟の提起や保全命令の申立てをするために当該債権を譲り受ける行為は、他人の法律紛争に介入し、司法機関を利用して不当な利益を追求することを目的として行われたなど、公序良俗に反するような事情があれば格別、仮にこれが弁護士法28条に違反するものであったとしても、直ちにその私法上の効力が否定されるものではない。

解説
弁護士法28条は、「弁護士は、係争権利を譲り受けることができない」と定めています。本件では、弁護士が債権回収目的で依頼者の債権を譲り受ける行為が、弁護士法28条に違反するだけでなく、私法上無効となるかどうかが問題となりました。本判決は、公序良俗に違反する事情がなければ、私法上無効とはならないとしました。

過去問

食肉販売業を営もうとする者は、食品衛生法により営業許可を得なければならず、営業許可を得ずになされた売買契約は取締法規に違反するため、同法による営業許可を得ずになされた食肉の売買契約は無効であるとするのが判例である。(公務員2022年)

食品の製造販売を業とする者が、有害物質の混入した食品を、食品衛生法に抵触するものであることを知りながら、あえて製造販売し取引を継続していた場合には、当該取引は、公序良俗に反して無効である。(行政書士2018年)

公序良俗
× 食品衛生法による営業許可を得ずになされた食肉の売買契約は有効であるとするのが判例です (最判昭35.3.18)。

○ 有害物質の混入した食品を販売すれば、食品衛生法に違反しますが、それだけで当該販売が公序良俗に反して無効となるものではありません。しかし、食品衛生法に違反することを知りながら、あえて製造販売し取引を継続していた場合には、当該取引は、公序良俗に反して無効です (最判昭39.1.23)。