弁護士の知識

司法権・違憲審査権

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス
裁判所は、司法権を行使する国家機関です (憲法76条1項)。司法権とは、具体的な争訟に法を適用し宣言することによって、これを裁定する国家作用をいいます。また、裁判所は、一切の法令、規則、処分が憲法に違反していないかどうかを審査する権限 (憲法81条) を有し、これを違憲審査権といいます。

苫米地事件 (最大判昭35.6.8)
■事件の概要
衆議院議員X (苫米地義三) は、内閣が衆議院を解散 (本件解散) したことによって衆議院議員の身分を失った。そこで、Xは、①衆議院の解散は憲法69条に定める事態が生じた場合に限り認められるべきであるところ、本件解散は7条に基づいて行われたから違憲無効であること、②本件解散は、解散に必要な内閣の助言と承認及びその前提となる全会一致による閣議決定がないから違憲無効であること等を理由に、国に対して、任期満了までの歳費の支払いを求める訴えを提起した。

判例ナビ
Xの請求が認められるためには、その前提として、本件解散が憲法に違反する無効なものであるといえなければなりません。しかし、そもそも、裁判所は、衆議院の解散が憲法に違反しているかどうかを審査することができるのでしょうか。仮に審査できるとしても、審査すべきでしょうか。この点が、本訴訟における本質的な問題点です。第1審は、Xの請求を認容しましたが、控訴審は、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断
わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであって、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと判断すべきではない。直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の紛争となり、これに対する有効な救済を求める訴訟が提起された場合においても、その法律上の紛争の解決が裁判所の司法権の範囲外にあるものとして、裁判所は、これについて審判を避けるべきである。衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家行為であって、裁判所の審査にはなじまない。

解説
本件は、国民審査の投票方法の合憲性が問題となった事案です。原告は、①国民審査は裁判官の任命の可否を国民に問う制度であり、罷免の可否を問う制度ではないこと、②最高裁判所裁判官国民審査法が、罷免を可否が分からない審査人に黙秘の投票方法を認めておらず、また、裁判官全員の名が連記されているため、特定の裁判官のみ罷免を可とする投票をしようとする審査人は、他の裁判官についても投票を余儀なくされ、しかも、罷免の可否が分からないため何も記入せずにした投票に「罷免を可としない」という効果を付していることは憲法19条に違反すること等を理由に国民審査は無効であると主張しましたが、本判決は、いずれの主張も退けました。

過去問
1 最高裁判所の裁判官の国民審査は、現行法上、罷免を可とすべき裁判官及び不可とすべき裁判官にそれぞれ印を付すという投票方法によっているが、これは、同制度の趣旨が、内閣による裁判官の恣意的な任命を防止し、その任命を確定させるための事後審査を行う権利を国民に保障するものであると一般に解されていることを踏まえたものである。(公務員2018年)

1 × 判例は、国民審査の制度は実質的に解職の制度であり、任命そのものを完成させるか否かを審査するものではないとしています (最大判昭27.2.20)。

◆この分野の重要判例
警察法改正無効事件 (最大判昭37.3.7)
Xらが警察法を無効と主張する理由は、同法を議決した参議院の議決は無効であって同法は法律としての効力を生ぜず、また、同法は、その内容において、憲法92条にいう地方自治の本旨に反し無効であるというのである。しかしながら、同法は両院において有効に議決を経たものとされ適法な手続によって公布されている以上、裁判所は、両院の自主性を尊重すべきであり、両院の自律権に属する議院内部の議事手続に関する事実を審理してその有効無効を判断すべきではない。

解説
本件は、太政官議会が警察法の成立に伴って必要となった警察費を含む追加予算を否決したところ、大阪府の住民Xらが、「警察法は無効であり、無効な法律に基づく支出は違法である」として、大阪府知事に対し、警察費の支出差止を求める住民訴訟を提起したという事案です。本件では国会 (両院) の議事手続が司法審査の対象になるかどうかが問題となりましたが、本判決は、両院の自主性を尊重してこれを否定しました。

過去問
1 内閣による衆議院の解散は、高度の政治性を有する国家行為であるから、解散の憲法適合性の判断は、司法審査の対象とはならないが、解散が法律に定められた手続に違反して行われたか否か、すなわち解散の有効性については、司法審査の対象となる。(行政書士2020年)
2 警察法の制定にあたり、法律の成立手続の適法性が問われた事案において、最高裁判所は、同法が両院において有効に議決を経たものとされ適法な手続によって公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべきであり、同法制定の議事手続の有効無効を判断すべきでないと判示した。(公務員2018年)

1 × 判例は、衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の根本に関する行為であって、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にあるとしています (最大判昭35.6.8)。

地方議会議員の懲罰と司法審査 (最大判令2.11.29)
■事件の概要
Y市議会議員Xは、市議会における発言について、23日間の出席停止の懲罰 (本件処分) を科された。そこで、Xは、本件処分は違法、違憲であるとして、Yを相手に、本件処分の取消しを求める訴えとともに、議会議員の議員報酬、費用弁償及び期末手当の支給を求める (本件条例) に基づき、議員報酬のうち本件処分による減給分の支払を求める訴えを提起した。

■裁判所の判断
1 普通地方公共団体の議会は、地方自治法並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し、議決により懲罰を科することができる (同法134条1項) ところ、懲罰の種類及び手続は法定されている (同法135条)。これらの規定等に照らすと、出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴訟は、法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって、その性質上、法令の適用によって解決し得るものというべきである。
2 普通地方公共団体の議会への運営に関する事項については、議事機関としての自主的かつ円滑な運営を確保すべく、その性質上、議会の自律的な権能が尊重されるべきであるところ、議員に対する懲罰は、合議体としての議会内部の秩序を維持し、もってその運営を円滑にすることを目的として科されるものであり、その態様は、その基礎となる議員の行為等の態様―の内容を構成する。
3 地方、普通地方公共団体の議決は、…憲法上の住民自治の原則の具現化のため、議会の代表として、議員が加わるなどして、議会の意思決定に参加し、住民の意思を当該普通地方公共団体の意思決定に反映させる責務を負うものである。
4 出席停止の懲罰は、上記のような責務を負う議員に対し、議会がその権能―の行使の一時的制限にするものであるとして、その議員が属する場合の議会、自主的、自律的な解決に委ねられるべきであるということができる。

「桜まんだら」事件 (最判昭56.4.7)
■裁判所の判断
裁判所がその固有の権能に基づいて審査することができる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、しかもそれが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。したがって、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形をとらないで、法令の適用の前提となる事実問題や抽象的な法令の解釈を争う訴訟は、裁判所の権限に属さない。

富山大学事件 (最判平2.3.15)
■事件の概要
富山大学経済学部の学生Xと専攻科の学生Yは、大学教員の講義を履修していたが、学部長Zは、成績不良を理由にXの退学、Yの専攻科修了を不認定とした。XとYは、Zの退学勧告と修了不認定処分は違法として、損害賠償を求めて提訴した。

■裁判所の判断
裁判所は、憲法に特別の定めがある場合を除いて、一切の法律上の紛争を裁判する権能を有するものであるが (裁判所法3条1項)、ここにいう一切の法律上の紛争とあらゆる法律上の係争を意味するものではない。すなわち、ひと口に法律上の係争といっても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の性質上裁判所の審査に適しないものもある。例えば、純然たる大学内部の問題であって、大学の自律的な判断に委ねられるべきものもある。

警察予備隊違憲訴訟 (最大判昭27.10.8)
■事件の概要
日本社会党の委員長Xは、憲法81条により最高裁判所に違憲審査権が与えられており、具体的な訴訟においても、最高裁の合憲性を争えるのは当然であるとして、警察予備隊の設置及び維持に関する国の一切の行為は憲法9条に違反し無効であることの確認を求める訴えを直接最高裁判所に提起した。

判例ナビ
Xと国との間には、警察予備隊をめぐって何らか具体的な紛争があったわけではありません。そこで、具体的な紛争がなくても訴えを提起して司法判断を求めることができるのかどうかが問題となりました。これは、裁判所は、どのような場合に違憲審査権を行使することができるのかという違憲審査権の制約に関わる問題です。

■裁判所の判断
わが裁判所が、違憲審査権を行使するについては、司法権の作用としてこれを行うものであり、その権限は、具体的な法律上の紛争事件が提起された場合において、その事件を解決するために必要な限度で、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断する権能を有するにとどまる。そして、裁判所が、具体的な法律上の紛争事件の提起をまたずして、抽象的に法律、命令等が憲法に適合するかしないかを判断する権限を有するとの見解は、わが憲法の採用しないところである。

解説
違憲審査権の性質については、学説上、①具体的な事件を解決する限りにおいて違憲審査権を行使できるとする付随的違憲審査制度、②具体的な事件を離れて違憲審査権を行使できるとする抽象的違憲審査制度、③法律で定めれば抽象的違憲審査制度を採ることも可能であるとする法律委任説等が主張されています。本判決は、一般に、付随的違憲審査制度を採ったものと解されています。なお、Xの訴えは、却下されました。