内閣
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
内閣は、行政権の主体である合議制の国家機関をいい、内閣総理大臣及びその他の国務大臣によって構成されます。 内閣総理大臣は、内閣の首長 (憲法66条1項) であり、国務大臣の任免権 (68条)、国務大臣訴追の同意権 (75条) 等を有しています。
ロッキード事件丸紅ルート (最大判平7.2.22)
■事件の概要
内閣総理大臣Xは、アメリカの航空会社A (ロッキード社) の販売代理店B (丸紅) の社長Cの依頼を受けて、Y (全日空) に対しA社の旅客機L1011型機を導入するよう運輸大臣 (現国土交通大臣) Dを通じて働きかけ、その謝礼として5億円を受け取ったとして、受託収賄罪 (刑法197条1項) で起訴された。
判例ナビ
第1審、控訴審ともに、Xを有罪としたため、Xが上告した。
■裁判所の判断
1 公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂罪と評価されるに足りる行為には、公務員がその職務行為において特定の行為をすることの対価として利益の供与を受ける場合に限らず、広く、その職務行為の対価として利益の供与を受ける場合も含まれると解すべきである。
2 そこで、まず、内閣総理大臣の職務権限について検討する。
民間航空会社の運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種の選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定、購入を勧告することができるとする明文の根拠規定は存在しない。しかし、一般に、行政機関は、その所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の行為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができる。 このような行政指導が公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。…運輸大臣の職務権限からすれば、航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合、運輸大臣に右認可申請を付与した民間航空会社に対し、右認可を留保し、その解除の条件として、一定の行政指導をすることがあり、必要があれば、航空法に基づいて、その権限を行使し、航空会社に対し必要な指導、勧告、助言をすることも許されると解される。
3 次に、内閣総理大臣の職務権限について検討する。
内閣総理大臣は、憲法上、行政権を所掌する内閣の首長として (66条)、国務大臣の任免権 (68条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する権限 (72条) などを有する。 内閣を代表して、行政各部を指揮監督する地位にあるものである。そして、内閣は、閣議により内閣総理大臣が主宰するものと定め (4条)、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し (6条)、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしている (8条)。 このように、内閣総理大臣の行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することが要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照応し、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。したがって、内閣総理大臣の右権限の行使は、一般的には、内閣総理大臣の職務に属する職務行為に当たる。
4 以上の検討したところによれば、運輸大臣がYに対しL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導は、運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨を働きかけるよう指示することは、内閣総理大臣の内閣の首長という職務権限に属する行為であるということができるから、Xが内閣総理大臣として運輸大臣に対し前記働きかけをすることが、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決は、結論において正当として是認することができるというべきである。
解説
本件は、「内閣総理大臣の犯罪」として国の内外で注目を集めた事件の最高裁判決です。 憲法72条は、内閣総理大臣は内閣を代表して行政各部を指揮監督するとしており、これを受けて、内閣法6条は、「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」としています。 したがって、内閣総理大臣は、閣議決定した方針が存在しないと、行政各部を指揮監督することができません。 しかし、これでは、多様な行政需要に迅速に対応することが困難となります。 そこで、本判決は、閣議決定した方針が存在しない場合には、内閣総理大臣は、内閣の明示の意思に反しない限度で、行政各部に対し指示を与えることができるとしました。 なお、Xの上告は棄却されました。
過去問
1 内閣総理大臣の行政各部への指揮監督権は、内閣総理大臣の首長としての地位に基づくものであるから、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合にも、内閣の明示の意思に反するものであっても、独自の判断に基づいて指揮監督権を行使することができるとするのが判例である。 (公務員2021年)
2 内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、その所掌事務について指導、助言等の指示を与える権限を有する。 (公務員2019年)
1 × 判例は、内閣総理大臣が閣議にかけて決定した方針が存在しない場合に指揮監督権を行使するには、内閣の明示の意思に反しないことが必要であるとしています (最大判平7.2.22)。
2 ○ 判例は、行政各部に対し行政指導権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照応し、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するとしています (最大判平7.2.22)。
内閣は、行政権の主体である合議制の国家機関をいい、内閣総理大臣及びその他の国務大臣によって構成されます。 内閣総理大臣は、内閣の首長 (憲法66条1項) であり、国務大臣の任免権 (68条)、国務大臣訴追の同意権 (75条) 等を有しています。
ロッキード事件丸紅ルート (最大判平7.2.22)
■事件の概要
内閣総理大臣Xは、アメリカの航空会社A (ロッキード社) の販売代理店B (丸紅) の社長Cの依頼を受けて、Y (全日空) に対しA社の旅客機L1011型機を導入するよう運輸大臣 (現国土交通大臣) Dを通じて働きかけ、その謝礼として5億円を受け取ったとして、受託収賄罪 (刑法197条1項) で起訴された。
判例ナビ
第1審、控訴審ともに、Xを有罪としたため、Xが上告した。
■裁判所の判断
1 公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂罪と評価されるに足りる行為には、公務員がその職務行為において特定の行為をすることの対価として利益の供与を受ける場合に限らず、広く、その職務行為の対価として利益の供与を受ける場合も含まれると解すべきである。
2 そこで、まず、内閣総理大臣の職務権限について検討する。
民間航空会社の運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種の選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定、購入を勧告することができるとする明文の根拠規定は存在しない。しかし、一般に、行政機関は、その所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の行為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができる。 このような行政指導が公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。…運輸大臣の職務権限からすれば、航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合、運輸大臣に右認可申請を付与した民間航空会社に対し、右認可を留保し、その解除の条件として、一定の行政指導をすることがあり、必要があれば、航空法に基づいて、その権限を行使し、航空会社に対し必要な指導、勧告、助言をすることも許されると解される。
3 次に、内閣総理大臣の職務権限について検討する。
内閣総理大臣は、憲法上、行政権を所掌する内閣の首長として (66条)、国務大臣の任免権 (68条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する権限 (72条) などを有する。 内閣を代表して、行政各部を指揮監督する地位にあるものである。そして、内閣は、閣議により内閣総理大臣が主宰するものと定め (4条)、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し (6条)、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしている (8条)。 このように、内閣総理大臣の行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することが要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照応し、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。したがって、内閣総理大臣の右権限の行使は、一般的には、内閣総理大臣の職務に属する職務行為に当たる。
4 以上の検討したところによれば、運輸大臣がYに対しL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導は、運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨を働きかけるよう指示することは、内閣総理大臣の内閣の首長という職務権限に属する行為であるということができるから、Xが内閣総理大臣として運輸大臣に対し前記働きかけをすることが、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決は、結論において正当として是認することができるというべきである。
解説
本件は、「内閣総理大臣の犯罪」として国の内外で注目を集めた事件の最高裁判決です。 憲法72条は、内閣総理大臣は内閣を代表して行政各部を指揮監督するとしており、これを受けて、内閣法6条は、「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」としています。 したがって、内閣総理大臣は、閣議決定した方針が存在しないと、行政各部を指揮監督することができません。 しかし、これでは、多様な行政需要に迅速に対応することが困難となります。 そこで、本判決は、閣議決定した方針が存在しない場合には、内閣総理大臣は、内閣の明示の意思に反しない限度で、行政各部に対し指示を与えることができるとしました。 なお、Xの上告は棄却されました。
過去問
1 内閣総理大臣の行政各部への指揮監督権は、内閣総理大臣の首長としての地位に基づくものであるから、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合にも、内閣の明示の意思に反するものであっても、独自の判断に基づいて指揮監督権を行使することができるとするのが判例である。 (公務員2021年)
2 内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、その所掌事務について指導、助言等の指示を与える権限を有する。 (公務員2019年)
1 × 判例は、内閣総理大臣が閣議にかけて決定した方針が存在しない場合に指揮監督権を行使するには、内閣の明示の意思に反しないことが必要であるとしています (最大判平7.2.22)。
2 ○ 判例は、行政各部に対し行政指導権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照応し、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するとしています (最大判平7.2.22)。