弁護士の知識

加害者との関係

2025年11月19日

『企業法務のためのネット・SNSトラブルのルール作り・再発防止』 深澤諭史著・2023年
ISBNISBN978-4-502-4541-7

(1) はじめに
ネットトラブル、特にネット上の表現トラブルは、「加害者を特定するのが難しい」とよくいわれる。 それはたしかであり、この種の問題における最も困難なハードルは、加害者の特定である。 したがって、多くの解説、特に訴訟実務を扱う弁護士向けの書籍が解説するのは、まさにこの点(発信者情報開示請求)の実務に集中している。

もっとも、企業の法務担当者としては、発信者情報開示請求について代理をすることも稀であり、通常は外部の弁護士に依頼する。 また、この点は基本的に技術の問題であるので、前著で解説したように、必要な証拠や材料を提示するという重要な役割はあるものの、基本的には外部の弁護士に主張立証を任せることになる。

一方で、実際に加害者を特定した後は、役割の重要性は逆転する。 どこまで責任を追及するか、金銭の支払を請求するのかどうか、どのような文面、トーンで請求をするか、交渉で妥結するか、妥結するとしてどの程度の要求をするのか、金銭以外の要求はどうするか、これはまさに依頼者である企業の法務担当者が決めるべき点である。

多くの場合は代理人弁護士を介しているとはいえ、加害者と実質的に交渉をするのは、会社側つまりは企業の法務担当者ということになる。 そこで、自社と代理人弁護士と加害者との関係が重要になる。

発信者情報開示請求で開示が認められた、あるいは、相手方が自ら責任を認めて申し出てきているのであれば、特に大きな問題はなさそうに思える。

しかしながら、ここが見落としがちな点で、被害者の立場であるからといって、不用意な言動をすると、そのことがさらなる加害の原因になることがある。 たとえば、加害者に対して、非常に高圧的、恫喝的な書面で請求をした場合などである。 この場合、加害者が、「うちに落ち度がないとはいっても、これは言いすぎではないか、ここまで言われる謂れはないはずだ」ということで、請求の書面をインターネットにアップロードすることがある。 それを見た者(たいていは、自社に敵対的であり、中には、誹謗中傷に加担している者なども含まれる)から、「一般市民にこんな書面を送る会社は許せない! 許せない! 人の弱みに付け込んでいる!」という批判を浴びることになる。 これは全く珍しいことではない。 過去にも、発信者情報開示請求で特定された人物に対し、「強い」表現の内容証明郵便を送付したところ、それがインターネットにアップロードされて、請求者と代理人弁護士に非難が集中したことがある。 いわば、弁護士と依頼者が共同で炎上してしまった、ということである(筆者は「共炎」と呼んでいる)。

そのようなケースを受けて、最近は、発信者情報開示請求からの賠償請求においては、内容証明郵便に、この書面をネットにアップロードしないように、それは著作権侵害であるということを記載することが多い。 ただし、そのような記載をしても、物理的にアップロードを防げるわけではない。 また、内容証明郵便について著作権性が認められるかは、微妙な問題である。 筆者が担当した案件の中にも、弁護士作成の法的構成や主張を含む3頁程度の専門的な請求書について、著作物性を否定したという例がある。

もちろん、紛争の存在はプライバシーであるので、このようなアップロード行為が違法とされる可能性は十分にある。 もっとも、通常マスキングをして、弁護士名と法人名は明らかにするといったケースだと、会社の法的措置という社会の正当な関心事に関する批評ということで、違法性は認められにくいであろう。

以上、要するに、発信者情報開示請求などで違法性が認められた、あるいは加害者が謝罪して非を認める意向を示している段階でさえ、自社が被害者であるからといって、不用意な言動は厳に慎むべきである。

誹謗中傷の案件であれば、加害者は自社にとって有害な情報を流布していた人物である。 また、著作権侵害や情報漏えいなどのケースでも、発信力がある人物であることには変わりがない。 最後まで油断しないで対応する必要がある。 加害者との関係とは、基本的にトラブルではなく事後対応である。 この事後対応には、その後の紛争の予防という予防法務の対応であるが、同時に、この後の「予防」にとっても重要である。 なぜなら、法的措置を誤って新しい加害者が出現することを予防するためであり、あるいは、法的措置を通じて第三者に警告する(いわゆる一罰百戒の効果として)という、いう意味合いもあるからである。

したがって、以下では、本書のテーマである予防の視点から当事者対応、加害者対応について解説する。

(2) 加害者が協力的な場合
加害者が協力的な場合は、交渉して合意により解決を目指すことになる。 なお、発信者情報開示請求を経由して加害者を特定した場合、一応は投稿について違法であるとの司法的判断が下されていることになる。 そのため、加害者は自分の責任を認めて、協力的なケースが大部分である。

通常、加害者との交渉においては外部の弁護士に依頼することも多いであろうが、企業の法務担当者が直接交渉することも珍しくない(筆者の経験上、かなり大きな会社でも、賠償交渉は弁護士に依頼しないケースが少なくない)。 また、仮に弁護士に依頼する場合でも、(1)で述べたように内容証明郵便1通でリスクが生じるのがこの種の案件の特徴である。 そのため、企業の方針や考え方について擦り合わせておくことは有益である。

さて、加害者が協力的であり、ある程度の条件を受け入れそうである場合、であれば、被害回復は難しくても対応コストを回収するために、ある程度の賠償金を得たいところでもある。 もっとも、金銭請求となると、やはり(1)で述べたようなリスクが生じる。 そもそも、被害回復の見通しが立たないのであれば、あえてこのようなリスクを冒す必要があるかという疑問も残る。

(3) 加害者が非協力的な場合:対応の要点
加害者が非協力的なケースもある。 これは(2)で述べたように、協力的なケースに比べれば少ないが、連絡をしても無視する、あるいは反論をする、さらにしたがって、(2)で解説したように、非協力的な請求の中心にすえるべきである。 協力的であれば、金銭的な請求をいくつか増やすとしてもよい。 具体的には、謝罪文を作成してもらう、動機や理由について詳細な説明を求めるなどである。 その他、本人の個人情報を伏せて請求の書面を会社のウェブサイトに掲載する許可を得るといった方法もある。 さらしている者にしているなどの誤解を招かないようにする必要はあるが、さらなる加害行為への抑止力は非常に強い。

また、法的な措置をとったというだけで、抑止力は相当なものである。 筆者の経験上も、複数人が特定企業を匿名掲示板で集中的に中傷していた案件で、「弁護士から書面が届いた」と投稿欄に投稿があった瞬間、すべての投稿がぴたりと消えたということがあった。 こうした経験は、同種案件を扱う弁護士であれば、必ず経験していることであるという。 さらに、実際に法的措置を行い、その結果として加害者として責任をとらされることになった人のコメントともに掲載すれば、抑止効果は非常に高い。 もっとも、加害者からとってあまりにも弱いものいじめだと勘違いされないように、表現の程度、加害者とのバランスをとることに留意されたい。

加害者が協力的なケースでは、特に、金銭的な面で自社が譲歩すれば、ほとんどの要求が通ることが通常である。 たとえば、金銭的な譲歩と引き換えに、自社の定めた定めについても、金銭的要求を拒否されることはほとんどない。

金銭的要求は、これまで繰り返し述べているとおりハイリスクローリターンであることはしばしばである。 特に、被害者が企業の場合にはその傾向が顕著である。 ぜひ、協力的な加害者に対しては、以上のような、いろいろな条件を検討されたい。

(4) 加害者が非協力的な場合:民事訴訟の考慮〜紛争予防を見据えて
民事訴訟となると、外部の弁護士に代理を依頼するのが、これまでの流れや本書のトピックに述べきたとおり、企業の法務担当者としても、利害や被害の得失などについてよく知っておくことが絶対に重要である。 はそれ(自社からの連絡内容)をインターネットにアップロードするなど、そのような振る舞いをすることは増えている。

特に最近は、加害者らも相互にインターネットにおいて情報交換をしており、被害者が1社(1者)の場合、同人がどのような方向で対処しているかなど、加害者間で情報共有が自然に行われていることも多い。

また、インターネット上のトラブル、特に表現トラブルが一般的、有名になるにつれ、加害者側の弁護を引き受ける弁護士も増えている。 実は、8年位以前から加害者側の弁護も積極的に引き受けていたのだが、当時は、筆者以外に引き受ける弁護士がいなかったと相談者から聞いたこともしばしばある。 しかし最近は、情報が充実して理論武装するだけでなく、加害者が代理人弁護士を立ててくるケースもあるので、加害者を特定したからといって全く油断はできない。

さて、このようなケースであるが、まず、大前提として、非協力的であっても、金銭的請求をすれば応じてくれる可能性が高いということである。 筆者の経験上でも、ネット上では、非常に威勢のよい、そして攻撃的な言動をしていても、実際には、どの程度の責任が自分に負担されるのか、その点に戦々恐々としていることがほとんどである。 逆に、自社が金銭的な譲歩をしても、譲歩や今後の投稿禁止の誓約などに応じないということになると、それは、確固たる信念をもって、自社を攻撃する意向であると判断するべきである。 応じないのであれば、ある程度期限を切って、法的措置、つまりは損害賠償請求訴訟を行うことを検討せざるを得ない。

いと、この種の案件は、思うようにはいかない。

裁判の留意点であるが、概ね、次のような各項目について注意をするべきである。 ①〜⑥は、提訴をそもそも検討するかどうかという問題であり、⑦〜⑪は以前は提訴後、特に①・③は、事件終了後の留意点である。

① 管轄はどこになるのか。 自社の近くで裁判することは原則として可能である。
② 相手方の現在までの言動はどんなものか、こちらの法的措置を公にするリスクがあるか。
③ 相手方に協力者がいるか。 集団で誹謗中傷をしている場合、「仲間」がいることが多く、その場合、仲間からの妨害の可能性にも留意するべきである。
④ いくら程度の賠償請求をするのか。 金銭的な点については結局我慢をしなければならない、ということ。
⑤ 自社に裁判上の和解に応じる意思があるのか。
⑥ 証拠として提出ができるものはどの範囲か。
⑦ 提訴後の相手方の言動はどのようなものか。
⑧ 自社への誹謗中傷は続いているか。 続いているのであれば、法的な措置もしてもしておくべきである。
⑨ 裁判上の和解の検討、「金銭」は譲歩する方法の採否の検討。
⑩ 判決のリスク。
⑪ 強制執行のリスクと抑止効果。
⑫ 結果についてどこまで告知するべきか。 事件番号の標題。

通常の法的紛争、裁判のリスクと共通する点も多いが、ネット上の表現トラブル、特に誹謗中傷の被害者としては、特別な留意点が今後のトラブルの再発防止の観点から多数存在する。

① 管轄はどこになるのか
まず、裁判を行う場所についてであるが、自社の最寄りの地方裁判所で行うことができると考えて差し支えない。

第1審までの最初の裁判については、簡易裁判所と地方裁判所の2つがあるが、140万円を超えるものについては、地方裁判所が管轄するとされている(裁判所法33条1項1号、24条1号)。

また、どこの裁判所でやるかについては、これを土地管轄の問題という。 これは専門的な話であるが重要なので、以下、条文を引用しながら解説する。 民事訴訟法は、次のように定める。

民事訴訟法第4条1項
訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。

また、この普通裁判籍については、同2項が「人の普通裁判籍は、住所により、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まる。 」と定めている。 被告というのは相手方、加害者であるので、加害者の普通裁判籍、つまりは住所地を管轄する裁判所(ほとんどの場合、最寄りの裁判所になる)が管轄することになる。 もっとも、管轄については例外規定が複数あり、その場合は、別の裁判所に提訴することも可能である。

民事訴訟法5条9号は「不法行為に関する訴え」は「不法行為があった地(同号)」を管轄する裁判所にも訴えを提起できると定めている。 具体的には、千葉に居住する者が車で東京に行ったところ、同じく埼玉から東京に自動車で来ていた者と車で事故を起こしてしまった事案において、東京地方裁判所で裁判ができるということになる。 このような定めがあるのは、事件事故の場合は、その発生地に証拠があるので、その最寄りの裁判所で裁判ができれば便利だからという理由である。

ところで、この「不法行為があった地」とは、実際に不法行為をした場所、つまりは、投稿をした場所ということになるので、加害者の自宅など端末を操作した場所だけになりそうだが、被害が発生した場所も含まれる。 そうすると、被害者がいる場所でも被害が発生しているので、自社の最寄りの裁判所で訴えることができるということになる。

なお、筆者の経験上、発信者情報開示請求については、被告であるプロバイダが東京に集中しているので、ほとんどの事案が東京地方裁判所の管轄となるため、依頼者の住所にかかわらず、東京の弁護士が担当することが多い。 そのため、東京に所在していない当事者同士の裁判についても、双方、東京の弁護士が代理して担当することが少なくない。 一番極端なケースだと、札幌市の所在している者と那覇市に所在している者との紛争を担当したこともある。

② 相手方の現在までの言動はどんなものか
次に、TwitterなどのSNSの場合、責任追及(発信者情報開示請求)をされている投稿については削除されていても、アカウントそのものは残っているケースがある。

大部分は、アカウントを削除するか、非表示にしていることも多いが、中には残してあるケースもある。 そして、そのようなケースでは、今も責任追及を受けていることを発信している場合、要注意である。 このようなケースでは、特に被害者が会社などの場合には、加害者は自分が正当な告発者であると考える者が多く、自分は責任を追及されるようなことはないと、それば不当な「言論弾圧」であると主張して、さらに誹謗中傷などを繰り返すリスクもある。

このようなリスクは、積極的に発信するからといって、それだけで法的措置を断念する根拠とはならない。 もっとも、交渉次第では、さらなる被害を防止することもできる。 そのような合意を得ることができれば、さらなる被害を防止する配慮が必要である。 繰り返し述べているように、発信者情報開示請求の成否は、相手方に結果が伝わってしまう。 ここで失敗すると、問題の違法性がないと認められなかったということになる。 そうすると、本来の違法性であるはずの投稿について責任追及をしたということで、格好の攻撃材料にされてしまう。

このようなケースでは、ほぼ違法性が明白である場合、特にひと投稿に限って、慎重を期して対処を選ぶべきである。

一方、匿名掲示板のように、積極的に情報発信する場合でもいずれも匿名名であるので、ある投稿をした人物が、他の投稿とどういう人物がわからないというケースもある。 このようなケースでは、さほど自分の正当性を自分がないという加害者が多い。 筆者の投稿弁護の経験上も、SNSでアカウントを開設している加害者は、相当の確信があるが、匿名掲示板においては、そうではない。 告発をしたいなど、そのような意思はなく、むしろ、他の「加害者仲間」と仲良く一体感を抱いているにすぎないということが多い。 そうこうしているうちに自分がのめりこんでいき、自分も責任追及の対象になるということを感じれば、たいていの場合は、驚いて加害行為を止めてしまう。

③ 相手方に協力者がいるか
これらの①と同様、相手方が、こちらの責任追及に反対して攻撃的になるなど、そのような可能性の問題である。

ただし、この仲間というのが、(加害者から見て)頼りなく、実際に責任追及を受けると結局逃げ出してしまう。 助けてくれる加害者仲間もそうそういない、というのが現実である。 もっとも、それも、同じような誹謗中傷をしていた加害者同士が手を組んで、情報交換をするという可能性は十分にあり、自社には加害者が多いと悩んで、その後は行動的である。

具体的には、自社が①の加害者に対して述べた内容について、他にも情報交換を行っているようすがないか、といった内容で条約を定めておいた方がよい。 「仲間」は密室であった。 もっとも、交渉は、足下を見られる可能性もある。 より詳細には、金銭請求を行う場合に、その金額について他の加害者に広る可能性に留意して交渉するべきということになる。 加害者とおくらい財産を持っているか、親族などからの援助は受けられるかによって、交渉は密接ではない。

金を調整することはよくあることである。 法的には、加害者の財産の多寡は賠償金に影響を与えるものではない。 100万円の商売を割られた場合の損害は100万円である。 財産のない者が、その壺を割ったとしても、あるいは、大富豪がその壺を割ったとしても、そこで生じる損害は全く同じである。 割った人によって、その壺の価格が上下するということではない。 ただし、実務問題として、お金のない人からはとれないし、仮にあったとしても、自営業者などであると、財産の把握や差押えの実行は困難である。 そのため、そのような事情で金額を譲歩することは、実務上よくあることである。 一方、同じような金額を1人については大幅に譲歩した一方で、もう1人については、支払能力と意思があるので自社の希望どおりの金額にしたという場合は問題が生じ得る。 加害者からすると、不公平不公正に見え、それがまた誹謗中傷の原因になることもあり得る。 また、金銭について他の人に譲歩したのであれば、同じく自分も譲歩してほしいというようなことをいわれる可能性がある。

検討要素として、自社の希望どおりの金額にした場合は、複数が加害者で、情報交換の余地がある場合には、一律の請求をせざるを得ないこと、交渉が成立しにくいので、賠償請求については譲歩せざるを得ないことがある。 留意するべきである。 一方で、金銭請求を断念し、謝罪や誓約といったものを求める場合は、金額で足下をみられる、情報共有されて妨害されることはほとんど想定できない。

したがって、複数の加害者が特定される場合には、金銭請求の断念か、さもなくば、賠償請求の裁判まで見据える必要があるということになる。

④ いくら程度の賠償請求をするのか
次に、いくら程度の賠償請求をするのかである。 基本的には内容証明郵便などで請求をするケースはほとんどない(通常、これだけで全額払ってくるケースはほとんどない)。 訴訟を提起するということが、いずれも金額を明示する必要がある。

基本的には、加害者を特定するのにかかった調査費用と投稿による損害を請求するということは、判決の言渡しになる。 なお、加害者特定のために要した弁護士費用、つまりは調査費用についてであるが、これはどんどん請求が認められる傾向にあるので、全額ではないにしても、請求はしておくべきである。

問題は投稿による損害であるが、これは、ほとんど期待しないほうがよい。 請求する金額については、どんぶり勘定で請求するわけではないので、これまでの裁判例の動向、これを踏まえて、これまでの裁判例の動向から、これという説明を加えておきたい。

一方で、控えめに請求したところで、100万円+調査費用10万円〜70万円程度であり、100万円台半ばあたりになるので、抑止力としては足りない。 こ、裁判で認められた金額、これが非常に高額であれば、これという説明を加えておきたい。

100%自分の立場からは確信をもって正当性があると信じる金額である。 だから請求しているのだという認識が根強い。 実際、筆者が投稿者(被告)から相談を受けるケースでも、「こんな大金を請求されている。 そんなにすごいことを書いてしまったのだろうか」と、相手の請求額に引きずられていることがしばしばある。

以上のとおり、ネットトラブルの賠償請求においては、請求額の一部、1割2割くらいしか認められない。 それに、訴訟費用の負担割合が原告9割、被告1割と明文から明らかである。 それは、訴訟費用は、それぞれ、実際に見ると、原告は「この会社は被害者だといっているが、どれも、実際に見ると、金銭の10倍もの請求をしていた過大請求だ!」あるいは「訴訟費用は9割が原告負担なのだから、実質的には被告(投稿者)の勝利だ」などという言説が横行してしまうことになる。

最近は、インターネットでも以上のような事情、法律情報は手に入る。 少なくとも、賠償金が1円でも認められれば、違法性を裁判所が認めたのだから、以上のような言いがかりがつくことはさほど多くない。 しかし、裁判、特に損害賠償請求の金銭がからむと、このような言いがかり(裁判で認められる金額)が露見してしまうケースが常に考える必要がある。

全く同じ投稿(デマ)がたくさんある場合は、「なんだ、この投稿、たいして同じ65万円の賠償金か。 だったら、これ以上請求してもないし。 自分は気にせず投稿しよう」などと思われるリスクすらある。

したがって、認められる金額が安くなるというだけではなく、そのせいで別のリスクを誘発する。 こちらの主張が認められず、これらのリスクを受け容れられるか否かを事前に検討するべきである。

⑤ 自社に裁判上の和解に応じる意思があるのか
次に、和解についても前もって考えておく必要がある。 裁判中に方針変更はできるとしても、ぜひ、選択肢の1つとして和解を積極的に検討していただきたい。

ので、そのような記載がある(なお、11の倍数であるが、慣例上、不法行為は認められた損害の1割を弁護士費用名目(実際の弁護士費用ではない)で認められるので、このような数字になる。 )。 4は仮執行宣言という。 強制執行は判決が確定した後でないと行うことができない。 控訴(一般に地方裁判所の判決が不服であるとして高等裁判所である高等裁判所に審理の続行を求めること)がなされると判決の確定が遅れることになるので、それまでの間でも強制執行ができると宣言してもらうものである。 金銭など取り返しのつく請求については、基本的には認められている。

ネットトラブル、特に誹謗中傷案件での賠償額は、3つの部分である。 調査費用は、裁判所に納める印紙や切手代のことである(弁護士費用とは別の概念である)。 そして、これは敗訴の割合で定められる。 この場合、原告は3分の2を負担し、被告は3分の1の、原告は3分の1、被告は3分の2勝訴したということである。 この勝訴割合というのは、金銭を請求するケースでは、請求金額と認められた金額の割合で計算される。 このケースでは、原告は3分の1勝訴なので、3分の1の支払が認められたということになる(そのため、330万円が請求金額であったと逆算できる)。

判決が公になった場合、これ、実務上、明確な相場がない損害賠償請求ではある程度どんぶり勘定で請求額を決めざるを得ない。 そして、それは高めに設定せざるを得ない。 なぜなら、法廷、裁判では請求した金額以上の判決を得ることはできないことになっているからである。 たとえば、損害賠償として100万円を請求したが、裁判所は150万円と認定しても、判決では100万円となる。 そのため、そのことを踏まえて、判決結果にもしそう請求すればもっととれたはずなのにとなると弁護過誤となってしまう。 請求金額を増やすことの負担というのは、基本的には訴状に貼るわずかな印紙代だけである。

ただし、この法律事務の常識が、ネットトラブルにおいては仇となるといこともある。 一般的な感覚でいうと、裁判で請求する金額は、請求者がつまり原告がまず、裁判上の和解について簡単に解説する。 裁判は、裁判所に裁判所の関与の関与で事件を解決するものである。 和解というのは、双方が譲歩して、事件を解決する合意をいう。

和解というと仲直りというイメージがある。 しかし、法律上の和解というのは、「手打ち」に近いものである。 むしろ、仲直りできないからこそ、和解ということでこの争いはやめる、というほうが実態に近い。 法的には、仲裁よりという意味はなく、互譲つまりお互いが譲り合って、合意をし、争いをやめる、ということになる。 100万円請求していたが、50万円の一括払と引き換えの分割支払で妥協するなどである。

ここで、自社が被害者なのに譲歩の余地があるのか、と考えるかもしれない。 しかし、繰り返し述べてきたようにそもそも賠償金が低廉であること、差押えなど、強制執行は容易ではないこと、そもそも低廉であるから、そこから人件費を捻出できるかといえば、回収はできないに等しい。

勘違いしないでほしいのは、和解における譲歩とは、相手方のためにもするのでない。 自社が余計なエネルギーをこの事件で無駄に費やさないためにするものであるということである。

また、和解のメリットは、任意に支払ってもらえて回収リスクを回避することができるということだけではない。 判決における、求めることが通常は極めて難しいか、あるいは不可能な内容についても合意をすることができる。 たとえば、金額については譲歩をする代わりに謝罪文を提出してもらう、こちらに金額についても、個人情報は別として本文は謝罪してもらって解決した、あるいは、違反がある場合に違約金を設定するなど、判決によってはかえって柔軟な解決策が生じかねないのは、④で指摘したとおりであるが、和解により、守秘義務や他の条項(謝罪等)を付加することで、そのリスクを避けることができる。

つまり、和解というのは手打ちであり、むしろ、自社の利益の有利な条件を、判決では認められない内容についても事実上強制できることが多い。 企業の法務担当者としては、会社代表その他の上長の被害者意識が強く、弁護士共々説得に苦労することかもしれない。 ただし、以上のようなメリットや、むしろ、「積極的に」「勝ち」をとりいく戦略であると話せば、納得が得られよう。

⑥ 証拠として提出ができるものはどの範囲か
次に、証拠として提出が可能の可否の問題がある。 これは、インターネットの普及だけで、給与、トラブルの類いが積極的に発信される昨今の問題である。

裁判は公開されるのが原則である。 もっとも、民事裁判では、非公開の弁論準備手続もあるし、公開法廷でも、書面の内容をいちいち読み上げず、事前に提出したものも公にするようになっている。 したがって、現実問題として、裁判の内容等が自動的に公になるようになってはいない。 ただし、訴えられた相手方被告等が、自社が提出した書類を閲覧できる「直送」という制度もあるし、当事者にも同じものを送ることになっている。

そこで、問題になるのが、従業員のプライバシーや営業秘密等の問題である。 たとえば、飲食店を経営する企業が従業員のタトゥー(特に和彫りのもの等)を掲載され、それが原因で風評被害が嫌がらせを受けた。 あるいは暴力を受けて、事業に支障が出たと主張する。 被害の証明のために、従業員の負傷の程度や、フルネーム等のプライバシーが記載された診断書を提出すると、それが相手方にも知られることになる。 また、営業秘密等の証明のために、売上の推移や経費などを提出する必要も生じる。 そうような営業上の秘密を相手方に知られてしまうことになる。 もちろん、これらを裁判所に提出し、相手方にもそのことを理由に損害を与えれば、それは不法行為となる。 しかし、そもそも自社の問題として、インターネットを利用して、誹謗中傷などをする相手に自社の秘密を知られてしまうリスクがある。

秘密やセンシティブな情報を一番教えたくない誹謗中傷の加害者に、いろいろなことを知られてしまうということを、それを意識して証拠を選定する必要がある場合によっては、自社の証明が制限されてしまうこととなる。

また、誹謗中傷の加害者が1名だけであるということは珍しい。 通常は、加害者全員に責任追及をすることは現実的ではないため、そのうち一人に対してだけ裁判で責任追及をする必要がある。 そのため、第三者に裁判の内容が知られるというリスクも考慮する必要がある。

裁判記録、すなわち原告被告双方が提出した書面の一切は、裁判所に備えられ、誰でも閲覧が可能なのである(民事訴訟法91条1項)。 「何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる」。 その中には、裁判所書記官が作成した期日調書(裁判の期日に何が行われたか)はもちろんのこと、双方が提出した証拠等の書類が、原則としてすべて含まれている。 そのため、第三者(他の加害者)が閲覧して、それをさらに誹謗中傷の材料にする。 事業上の秘密を投稿されるなど、そのようなリスクも考慮する必要がある。

したがって、第三者に見られて絶対にはいけないようなものについては、証拠提出をすることができない。 訴訟の必要性上、相手方や第三者が目にした場合のリスクを天秤にかけて判断する必要がある。

かって、裁判記録を閲覧するのは、同種事件の当事者や、報道機関のみであることが通常であった。 一般の人が裁判記録を閲覧する、あるいは、それをネットに投稿するというのは、こうした新たなリスクである。 外部の弁護士に依頼している場合には、こうした最近のリスクについても必ずしも配慮してくれないこともあるので、会社側で自社でリードをする必要がある。

⑦ 提訴後の相手方の言動はどのようなものか
裁判で訴えられるという方は、一生に一度あるかどうかという大事件である。

裁判で訴えられた場合、裁判所から直接訴状が送達され、同封されている書類に、いつどこに出頭するように、何もしないと、原告(つまり自社)の言い分どおりの判決が出て、財産などが差し押さえられることもある等、物々しい注意書きも記載されている。

筆者の投稿者側の弁護の経験からいうと、そもそも発信者情報開示請求を受けて見受け取っただけでは、人は非常に狼狽になるものである。 このネット上で加害者として自分のことを非難する人もいる。 このネット上で加害行為が行われる前には、自分は十分な警告があると思っているものであるが、余談であるが、ネット上の投稿に責任が追及される、少なくとも数少ないないであろう。 また、言論の自由を返してくるのはおかしい。 言論で反論するべきである。 また、言っても、修正や削除にも応じたのに。」と述べる。 もちろん、このような反論が対抗言論として適切なのであれば、そもそも、特に、企業が被害者の場合である。 もっとも、これも、たとえば、いきなり反撃をかっており、取って、いきなり攻撃をかっており、向こうは通告を無視されたから、「まずまず」「やっときたか」というような言い合い分であり、わだかまりがまたまであって、あまり気にすることはない。

さて、裁判の提訴から審理が始まるまでの順番は次のとおりである。 まず、自社が訴状や証拠のコピー等を作成し、その副本(被告相手方のためのもの)も用意し、裁判所に提出(会社の登記簿謄本の一緒に添付する必要がある)。 委任状を添付して、裁判所の窓口に提出する。 その後、裁判所からみて不明な点等があれば、補正を求められることがある。 それが終わり、あるいは問題がなければ、裁判所は(第一回口頭弁論期日)について裁判所から調整の連絡がある。 調整が終ると、最初の期日が指定された答弁書が被告に送付されることになる。

つまり、提出をされたことを相手方が知るのは、裁判所に提訴した後、つまり、チェックを期間をおいて相当程度が経過後ということになる。 裁判所に訴状が提出されるタイミングと、裁判所から第1回期日までの調整があるので、送達まで1〜2週間程度の(つまり、このタイミングでは相手方は提訴されたことを知る)送達を受けた後1ヵ月ほどのの第1回期日が設定される。ように調整されることが多い。 なお、以上の手続については、弁護士に依頼するのであれば、いずれも弁護士が行う。 自社としては、委任状の書式を弁護士からもらって、それに記名押印するだけである(他の書類の作成や資格証明書の取得は弁護士の仕事である)。

通常であれば、提訴前に自社から書面を送るなどしているだろうから、その時点で相手方はSNSであればアカウントを削除するなどしていることが多い。 しかし、中には削除はしない、それどころか投稿を続けるケースもある。 概ね、相手方の行動パターンは次のとおり分類できる。

A 最初の請求を受けた段階からアカウントを削除する。
B 提訴された段階でアカウントを削除する。
C 問題の投稿は削除するが、アカウントそのものは削除せずに、そのまま様子を見る。
D 問題の投稿は削除するが、アカウントそのものは削除しないで、かつ、頻繁になった投稿とは別の内容、テーマについて投稿を続ける。
E 何らの対応もしないで、従前どおりに投稿を続ける。
F 請求を受けた、提訴されたことを投稿して反論する。

AとBについては、特に留意点はない。 CとDについては、削除において工夫(再投稿の禁止)が必要である。 EとF、特にFは注意が必要であり、訴状や準備書面上で、指摘が必要である。 以下、それぞれ詳しく述べる。

まず、Aが一番多いパターンである。 とにかく、本書でたびたび述べているように、ネット上の加害者というのは、法的な責任を追及されることなど、予想もしていないことが多い。 その場合の狼狽は非常に大きいものがあり、普通は、驚いて削除することが通常である。 もちろん、削除したところで、過去に行った行為の責任は免れない。 ただし、これ以上責任が拡大することは防げるし、自社にとっては、被害拡大を防げる。 しかも、少なくとも、この当事者については二度と行わない、ということでいいことずくめである。

Bについて、最近は、ネット上でいろいろな情報が出回っているが、そのうち1つが、裁判で結論が出るまで、法的な評価、結論は定まらないというものである。 もちろん、これは誤りである。 たとえば、コンビニで買い物をした裁判の判決を待つまでもなく、購入者は店主として代金を支払う義務を、コンビニは、店主として品物を引き渡す義務が生じる。 もっとも、「裁判までは大丈夫」というような誤解が横行していることは事実である。 そのため、裁判になるまで動かない、裁判になってから慌てて、というパターンも少なからず存在する。

Cも、AとBほどではないが、それなりにあるパターンである。 これは、これまで長くそのSNSを利用してきた、投稿のテーマで注目を集めてきたので、ネット上の表現の場から退場はしたくないが、問題の投稿の件があったので、その部分だけは取り下げる、というものである。

Cについては、問題の投稿の件は引き下がるが、しばらくすると今度はようなテーマの投稿をすることが多い。

裁判で認められた賠償金額が僅少である場合、自社の主張と問題がある(過大請求や、恫喝的な表現)と、それを材料にまた攻撃をする可能性がある。 Dも類似であるが、Dのほうがより、自社に敵意が強く、また同様の行為に及びやすい。

CやDのケースでは、金銭面で大幅に譲歩をしても、再投稿の禁止などの和解を模索するべきである。 裁判が紛争の防止という観点からの和解条項の作成には、協力的なことが大部分である。

EとFも、CとDに類似するが、非常に自社にとって敵意が高く、さらに慎重な対応が必要である。 具体的には、書面において隙をみせない、証明できないことなどについては慎重に主張の可否を検討する。 そもそも、自社の信用した書面については、全部ネットにアップロードされる前提で作成する、そのような対応が確認できた場合は、不法行為になり得ると警告するというものである。

⑧ 自社への誹謗中傷は続いているか
これも⑦とやや類似しているが、⑦は相手方被告の振る舞いの問題であるのに対して、これは、それ以外の加害者、第三者の問題である。

せっかくリスクの非常に高い、コストのかかる訴訟を提起したのであるから、こうした者らへの対応については、その事実を十分に活用するべきである。 具体的には、提訴したこと、法的責任を追及していることを対外的に公にするべきである。 これも繰り返しになるが、非常に効果的である。 加害者は、自分が責任追及されるという事態を全く想定していないからである。 そのため、こうした広報がされると、次はわが身を警戒して、基本的には加害行為を止める。

公にする内容であるが、概括的に、〇〇地方裁判所に訴状を提出して訴えを提起したという程度でよい。 あまり詳細に投稿すると、加害者に情報を与えることになるし、余計な空間を、それは別の加害者だけではなく、別の加害者との訴訟である。 通常は、これで誹謗中傷はピタリと止まる。 この効果の大きさは、同種案件を扱う弁護士の間では、共通認識である。 あれだけ威勢よく攻撃をして、まるで蜘蛛の子を散らすように、一斉に逃げ出して、その後は、誹謗中傷などは投稿されなくなる。 まさに一罰百戒といえる。

もっとも、それでも投稿を続ける人物が残る可能性がある。 このあたりは、非常に判断が難しいところであるが、投稿の文面が支離滅裂、懇願を呈している場合は、正常な判断能力を失っている加害者である可能性が高い。 そのような場合は、法的措置をとっても犯罪行為を繰り返すことが多く、訴追することが多い。 したがって、たとえば、投稿内容で捜査を予告するなど、脅迫に該当する投稿があるかを確認し、それを見つけたら、捜査当局に連絡することが適切であろう。 なお、海外SNSは捜査機関との一種の協定があり、脅迫など犯罪に該当する投稿については、情報の提供を行っているようである。

一方で、文面に一定の理論性があるものについては、何らかの理由(といっても、元従業員などの何らかの利害関係があることは稀で、他の人物の誹謗中傷に影響を受けただけであることが多い)があるケースが多い。 こうしたケースは、特に注意が必要である。 自社の落ち度などを細かく指摘して、炎上に持ち込もうという意思が非常に強いからである。 この場合、加害者に対してただちに法的措置はとらず、その後の反応などを見極め、定期的に観察し、犯人などとピンポイントで捜査機関の助力を得られるようであれば、それに越したことはない。

筆者の経験からいっても、被害者機関と相談をすることが適切である。 こうした粘着性のある加害者であっても、被害者である自社の反応がない状態において投稿を継続する筆者の経験からいっても、最初は、なるべく法的に当たり障りのない投稿をし、し、それについて、反応、成果がないと、我慢できずに脅迫や事実無根の投稿などをして始めることが多い。

⑨ 裁判上の和解案の検討、「金銭」は譲歩する方法の採否の検討
この種の事案では、和解の余地がある。 特に企業にとっては重要である。 繰り返しになるが、金銭の賠償金の回復、弁護士費用に満たない以上は、金銭では代替不可能なもので、被害回復と今後の抑止が重要だからである。

したがって、金額については譲歩することが決まっている。 その、金銭に代わる条件の設定が重要である。 典型的なのは、謝罪条項である。 ここで謝罪条項等を中心に解説する。

まず、和解というのは、仲直りという意味ではなく、双方の主張が食い違う中で、一定の条件に合意して紛争をやめることをいう。 そして、和解においては、裁判の内容を問わず、和解条項(呼び方は様々である)を定めて、その条文で合意(契約)をして、成立させるということになる。

そのメリットは、訴訟というある意味論じられているが、特に、ネットトラブルで紛争の未然の結果に訴訟をできるということと、金銭以外の請求を行うことができる、という点にある。

上述のリスクについては、和解というのは、当然だが互いが譲歩をした上で成立したものであり、その内容、お互いが納得したものである。 そのため、お互いが納得したものであり、予想外の内容になることはない。 一方で、判決ではそうはいかない。

そうはいかない。 100万円請求して、そのものがなるのか、100万円になるのか、予想も保証もできないからである。 これに対して、たとえば30万円で和解をするというケースでは、少なくとも30万円未満しか請求できなくなるリスクは回避できたことになる。 特に、従前述べてきたように、請求金額に対して認められた金額が僅少である場合、実質的に自社が敗訴である。 そのようなことを避けるという意味では、ネット上の表現トラブルにおいて和解を選択する極めて大きなメリットである。

また、判決において金銭支払以外の条項についても、これを定めることができるというのが大きなメリットである。 この種の事案において典型的なのが謝罪条項(陳謝条項)や、守秘条項である。

前者は、和解条項の中に、「被告は、原告に対し、本件について陳謝する」というように定めるものである。 これを、実際に原告に書面を渡す、あるいは、実際に面会する、これに実際に広告を出すことができる。 これをどう履行する、という点で争われることがある。

名誉毀損の被害者については謝罪広告を被告にさせる(民法723条)ことができるケースもある。 ただし、ネット上の誹謗中傷でこれが認められることは稀である。 基本的には、週刊誌などのメディアで、政治家が事実無根の報道を繰り返されるなど大きな悪影響が継続して残ることが見込まれるようなケースに限られると考えてよい。

次に、守秘条項は、双方が事件について秘密にするという約束である。 裁判所が次に関与しているからといって、裁判所が刊行行う公機関である。 つまり、公開法廷におけることや、記録の閲覧以外の方法で事件を公にすることが許されるわけではない。 事件について当事者だけで口外すれば、それは、別の不法行為に該当し、賠償請求の対象になる。 もっとも、その範囲は不明確である。 裁判というものは社会の公な大事件なので、ある程度は公にすることが許容されることもある。 そこで、守秘条項により、双方が喋る範囲を明確にしておくというものである。

守秘条項は、双方で同じ義務を負担しないといけない。 たとえば、企業が一方的に被害者一切秘密にしないが、原告は、被告の個人情報を伏せ、事件解決の顛末を公にしないこととする」というような条文を求めることもある。 これも守秘義務は一切負わない。 これを守る限りは一切の賠償請求を求めない。 ただし、違反した場合は違約金(100万円程度が多い)を請求するというように定める。 もっとも、相手方の資力はわからないので、過剰な定めは心理的な拘束にとどまる。

以上をまとめる。 金銭については譲歩して少額の一定の事実を原告(被告企業)に陳謝する。 双方が秘密を守る。 その例外として一定の事実を被告(被害企業)は発信(お互いの貸し借りとする)、権利、権利ということもある。 他に定めることはない。

なお、金銭で譲歩をした以上は、他の部分について、いろいろな定めがあっても、実施者にとって負担が少ないほうから述べると、次のようになる。

Ⅰ 特に何も定めない(賠償金なし、双方秘密、というのみ)。
Ⅱ 謝罪条項を定める。
Ⅲ Ⅱに加え、被告の個人情報を除き、原告は、顛末を公にすることができる。
Ⅳ Ⅱに加え、反論文の提出を認める。
Ⅴ Ⅱに加え、その反論文について個人情報を除いて、公にすることができる。

実際には、Ⅰになるのは、裁判経過で自社の帰責が判明するなどの特殊な事情がある案件のみである。

一番多いのがⅡである。 この場合は、一定の金銭負担がある。 さらに、金銭面で0円ないし大幅に譲歩するのであれば、ⅢからⅤまで対応をせることが多い。 企業側としては、あくまでの対応になる。

前著でも解説し、本書においても繰り返し述べているとおり、この種の事案においては、被害回復に十分な金銭賠償を得ることは難しい。 だからこそ、和解で金銭以外の有利な条件を得ることが、むしろ利益であることであるところ、和解は、一罰百戒、他の加害者との関係でも有利であること、折に触れて、訴訟に提起する段階ではもちろん、それ以降も、進捗があるごとに説明するべきである。

このような話なしでは、被害者意識はもちろんのことであるが、和解の仲裁や許可など、そのようなイメージを持ってしまっていることも原因があるようである。

説得の方法は千差万別であるが、説得の材料に用いるべき事項は次のとおり挙したので、事情に応じて活用されたい。

Ⅰ そもそも和解は「仲直り」や「許し」ではない。 ある程度のところで、双方が手を打つ、というものである。 和解は負けではないし、譲歩することはあるが、相手方に和解の内容で、むしろ、譲歩する代わりに、ただちに言うことをきかせるというものである。
Ⅱ 裁判の相当部分は和解で終了しており、珍しいものではない。 特にインターネット案件では、相手方が一方的に悪い、それについて争いが実質的にないケースでも、任意に守ってもらうことを目的に、和解はよく行われている。
Ⅲ 守秘条項を定めることで和解で許される、そのような誤解を第三者にされる可能性は極めて低いものであることができる。
Ⅳ 和解であれば、金銭以外の解決が可能である。 謝らせる等である。 反省文を出させるなど、そのような交渉も可能である。
Ⅴ 金銭に固執した場合、判決では、金銭の支払以外を求めることができない。
Ⅵ 判決で金銭の支払が命じられても、実際に回収することは、非常に大変である。 この種の案件の相場からすれば、弁護士費用のほうが高くつく場合すらある。

せることが多い。 企業側としては、あまり克明な要求をして、それを逆手にネット上で反発される材料を提供してしまっては本末転倒である。 そこで、Ⅱあたりの対応を求めることが、一番バランスがとれていると思われるので意識されたい。

ただし、これはくまで目安であり、和解の最大のメリットは、双方の合意があれば自由に定めることができるということである。 和解の最大のメリットは、訂正文を発信させることや、相手方のこれまでの行為についてどのようなようにさせるなど多様な条項を定めることも検討するべきである。 相手方に発信力がなければ、上記Ⅲ程度でよいが、一方で発信力があり、虚偽の情報を多くの人が受け取ってしまっている段階では、Vまで設定し、反省文は、反省というよりも事実の訂正を中心にし、自社だけでなく、相手方が用いたSNSも利用して発信する、というように定めるべきである。

このあたりは、相手方との交渉次第であるが、一方的、自社の被害感情よりも重要である。 前著(『インターネット・SNSトラブルの法対応』8頁)においては、被害の把握について詳しく触れているので参考にされたい。

コラム8
決裁権者の説明と説得と担当者と弁護士との協力
以上のとおり、ネットトラブルでは、金銭的に高額な賠償を得ることは困難であること、だからこそ、和解によって、金銭以外の条件を引き出すことが重要であると述べてきた。 また、ネットトラブルを引き金にさらにこじれて得た教訓を活かすことができれば、結果的に会社の信用を得ることにもついても触れてきた。

逆に、金銭賠償にこだわった場合、結果的に裁判所が認めた金額、自社の請求金額を下回る(10分の1未満など)場合は、過大な請求をした、いわゆるスラップ訴訟であるなどの誹り、批判は免れない。 もちろん、日本の制度に関する法制度上、そのような結果になることはやむを得ないことである。 本来的には、自社として、違法な投稿や差別と認められている以上は、それ自体報いられるべきかというと、実際問題として、世間の目がそうは考えてくれない。 裁判に対する忌避感というべきか、そもそも、是認されるギリギリまで請求するべきである」という考え方すらあるのである。 もちろん、法制度上、ギリギリを請求するということは不可能であり、誤った思い込みである。

そこで、短期決着をするが、そう簡単なものではない。 和解というのは、相手方に自社の要求する条件を飲ませることである。 それが大変実であるという点が、もちろん、そのような印象は間違いではないし、むしろ、和解成立のための一定の、相当部分が、相手方にどうやって譲歩をしてもらうかということと変わる。

もっとも、それは以上に大変であり、かつ、企業の法務担当者にとって悩ましいことこの上ないのが、企業の決裁権者を和解に合意させる、ということである。 これは、弁護士にとっても同じ悩みがあり、被害者側、特に落ち度のない被害者を、非難して、和解に同意することを説得することは非常に難しい。 なぜなら、「自社は被害者であって、相手方は加害者である。 むしろ、こちらに譲歩を要求するべきだろう」という意見があるからである。 この感情を無視することは当然にできないからである。 だからこそ、説得は難しい、慎重に言葉を選ぶ必要がある。

VII 勝ち負けの問題がある。 仮に、投稿の違法性が認められて支払が命じられても、周囲は自社の勝ち、正当性を認めないかもしれない。 全体の2割や、その程度の認定であった場合、実質的に敗訴である、恫喝訴訟、そのような言いかかりをつけられるリスクがある。

和解について説得するのは、弁護士が紛争案件を担当する上では非常に重要な技術である。 もちろん、外部の弁護士と協働している場合でも、この点についてはよく相談の上で、事件を円滑に進める上で、ネット上の表現トラブルに限らず弁護士によくおいておくべく有益である。

和解には仲直り、許し、そのような誤解があるため、その誤解を解くことが第一である。 その上で、和解の内容と、それを実現することには、非常に大きな困難が伴うこと、和解であれば、任意に履行してもらえるので、円滑に、むしろ、自社が本来の業務以外の紛争で時間をとられないために自社のために和解するという認識を持ってもらうことが重要である。

⑩ 判決のリスク
⑬については概ね、⑨で述べた点と同じである。 つまり、実務上、判決では一部しか認められないし、それは当然であるし、それが必ずしも実質敗訴という意味ではないけれども、請求金額の1割しか認められなかったため、実質敗訴、そのような誤解や誹りを受けつけられてしまうリスクがある。

⑪ 強制執行のリスクと抑止効果
それに加えて①、つまり強制執行のリスクもある。 判決というのは、それが出たからといって、勝手に裁判所が取り立ててくれるというシステムにはなっていない。 相手方である被告(執行段階では債務者という)が任意に支払わないのであれば、法律上の手段を用いて、それを強制する必要がある。 それは、金銭の支払わせる場合は、具体的には、債務者の財産を差し押さえるということになる。 これが非常に厄介である。 債務者の財産を特定する必要がある。 つまり、判決文を裁判所に持っていって、「この人、お金を払わないので、差し押さえてください」と言っても、裁判所は差押をしてくれない。 「わかりました。 それで、どの財産を差し押さえましょうか」と返されることになる。 債務者の財産で、自社が当然にわかるのは銀行口座、不動産、給料、家財道具などがある。 もっとも、不動産や家財道具については、基本的に差押が難しいことも多い。 そうなると、銀行口座か給料が差押えの第一選択肢となる。

もっとも、銀行口座にせよ、給料にせよ、債務者の財産というのは、他人の財産の中身のことなので、自社が当然にわかることではない。 しかも給料においては、債務者の勤務先の特定が必要であり、銀行口座においては、銀行によるものの、基本的に都市銀行においては、支店名まで特定する必要がある。

そもそも、ネットトラブルの当事者は、それまで現実には接点がなかったことがほとんどである。 そのため、勤務先がどこか、まずわからない。 また、銀行口座についても、当事者の住所はわかっても、最寄りの銀行の支店の口座を保有しているとは限らない。 以前の場所に住んでいた時に、最寄りの支店で口座を開設したということも珍しくないからである。

そして、そうであっても、ネットバンキング等が普及した今日において、当事者に何らの不都合もない。

そのために、裁判所に、「この債務者というのは、法律にそれなりに詳しいようでも普通の人です。 法律上の知識を請求をするとなると、法律実務家か、金融業者等の会社の従業員くらいしかいない。 強制執行しない。

なお、このような執行の困難性は、下された判決が遵守されないというようなことになり好ましいことではない。 そのため、法律は、具体的には、債務者の財産を特定する必要があるが、法律は改正されている。 具体的には、関係機関に債務者の財産情報を照会してもらう、または、債務者から関係機関に債務者の財産情報を照会してもらう、または、債務者を裁判所に話させて、財産について報告をさせる、預貯金の残高は民事執行(民事執行法23条1項5号・6号により6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が定められている)の制度もある。 強制もあり、強力な手続である。

しかし、財産をいくら開示しても、ないものはない。 あるいは、実際に手続をしてみないとわからないという問題もある。

さらに厄介なのは、この管轄の問題である。 財産開示については、法律はその債務者の普通裁判籍の地(要するに債務者の住所の最寄りの裁判所)を管轄する地方裁判所が執行裁判所として管轄し、(民事執行法196条)と定める。 この「債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所」というのは、要するに、債務者、つまり、支払をしない被告の被告の住所地の裁判所においてということになる。

ネットトラブルにおいては、特にネット上の表現トラブルにおいては、被告が日本中で発生するため、通常は、被害者の地元の裁判所で裁判が認められることが多い。 しかし、財産開示については、その被告の地元で手続をということになる。 そして、ネット上の性質上、加害者も日本中にいることになる。 そうすると、もともと、必ずしも、被害者である自社の近くにいるとは限らない。 そうすると、遠方である。

方の裁判所で実施しないといけないということで、コストが非常ににかかることがある。

財産開示により加害者の財産状況を知ることができる。 また、財産開示の手続が実施されると、債務者つまり加害者には、裁判所から呼出状が届く。 呼出状には、事前に書面で財産状況を知らせることがあるということが記載されている。 裁判所に出頭しなければならないこと、そして、これに違反すると刑罰の制裁があることが記載されている。 債務者にとっては負担であるし、これに応じること、自己の責任を自覚し、(あるいは、もう逃げられないと観念して)任意での支払に応じることもある。

財産開示の手続は、財産を知ることができるという効果もあることながら、任意の履行を促す効果も強い。 財産開示はコストがかかるが、強力な手続であること、ただ、それでも効果がない相手には手も足も出ない、という最後の手段に近いものであると理解されたい。

⑫ 結果についてどこまで告知するべきか。 事件番号など
さて、これまで、裁判は大変だし、負けてしまう」ということを、繰り返し述べてきた。 ただし、それでも実際に裁判所に勝訴判決を得た場合は、できれば、これを活用したい。 つまり、自社に行われた行為が違法であったこと、投稿されていた批判に根拠がない、違法であることについて、裁判所が公に判断を下したのであるから、これを公にして、一罰百戒的な効果を狙う。 また、これまでの誹謗中傷で失われた評判を回復したいと思うのは自然なことである。

しかし、これについてはどこまで公にするかは慎重に考える必要がある。
裁判というのは、公開が基本である。 法廷は公開されているし、民事訴訟においては、口頭で弁論するといっても実際に詳細な主張内容を口頭で述べることは稀である。 実際には事前に提出しておいた書面のとおり陳述するということを宣言する、儀式的なものとなる。 また、弁論準備手続など、非公開の手続も可能である。

したがって、裁判は、特に民事訴訟は、傍聴しただけでされているという程度に情報を入手することは通常は困難である。

もっとも、以上は、実際には入手することは困難である話であり、判決なり裁判記録となると、話は別である。 判決記録は、判決文や訴状などの記録だけでなく、双方の主張を記載した書状や準備書面、証拠書類などが添付されている。 判決文などが添付されている。 双方、何を閲覧できるか。 この閲覧記録は、誰でも閲覧できる。 この閲覧記録は、当事者や一定の利害関係のある者しかできないが、閲覧については、誰でも行うことが可能である。 コピーは不可能であるが、閲覧については誰でも行うことが可能である。 メモをとる。 それも、書面の内容をほぼ同じように書き写すことはよく行われている。

誹謗中傷、それもネット上のケースでは、ネット上で注目されていることが多い。 そうすると、事件、関係人の名を知る。 しばしば、自社に敵対的な加害者がさらに加害の材料となることがある。 あるいは、自分に責任追及がなされる可能性がある者が加害するために、閲覧をすることも珍しくない。 裁判の結果を告知することは、せっかくコストを費やしたのであるから、警告的な効果を狙って告知することは有効であり、ぜひやっておきたいものであるが、以上のような事情、リスクを考慮に入れる必要がある。

すなわち、自社の発表と実際の裁判の経緯の結果が異なると、それでまた攻撃の材料とされかねない。

また、証拠書類には、自社の売上、従業員の賃金、労働時間などが含まれる。 被告から証拠を閲覧されることにリスクがある。 さらに、それを閲覧されることによって自社にとって消極的な判断材料となりうるという問題もある。

さて、基本的に、裁判記録を閲覧するには、裁判所と事件番号の情報が必要である。 したがって、仮に、発表するにしても、裁判所や事件番号を明記するかどうかは慎重に考えるべきである。 具体的には、法的措置をとっているということについて、うかがわせているのであれば、裁判判決などを明らかにし、より明らかにする必要はない。次に、事件番号については、公にする必要はない。 これまで知らせてしまうと、裁判記録を容易に閲覧されてしまう可能性があるからである。

なお、他に、裁判記録との関係では、判決文であるが、判例データベースの問題もリスクとして考慮する必要がある。 判例データベースというのは、出版社の版社などが提供しているインターネット上のサービスで、古今の判決文を検索して閲覧ができるというものである。 判決文について、裁判所の公式ウェブサイトでも公開されているが、それはごく一部にすぎない。 判例データベースであっても、すべての判決文を網羅しているわけではない。 収録している件数は、裁判所の公式サイトの比ではない。 これはもちろん当事者名は匿名化されており、その限度でプライバシーは守られている。 しかし、事件番号や判決日からの検索も可能であるところ、これを公表してしまうと、それらしき判決文にたどり着けてしまう。 匿名化されているとはいっても、事件の概要さえ知っていれば、「これは、あの会社の事件のことだな」ということはわかってしまう。

判決で勝訴したといっても、宅建ということも、基本的には稀である。 ⑧で述べたように、金額の一部のみが認められるのが原則である。 加えて、判決文には、双方の主張と反論の概要と争点、そして、争点に対する裁判所の判断が記載される。 一部でも認められない部分があると、それが誹謗中傷の材料にされる可能性もある。 たとえば、名誉毀損でしばしばあるのが、自社でケースを考えると、一部については相当な根拠があると主張するケースを考えてみる。 一定部分については相当な根拠があると認定されたが、それ以外については違法性が認められる場合には、その名誉を棄損する一部は真実だと裁判所が御墨付きを与えた、ということになってしまう。

あり得る例を出すと、残業の問題について、サービス残業(残業代不払い)が常態化しており、残業時間も長時間であるという投稿ケースを考えてみる。 このようなケースにおいて、自社は、残業が長時間ではないこと、残業代の支払をしていることを主張し、拒否相手方は、サービス残業に根拠があると争ったとする。 その結果、自社は、タイムカードから残業時間を算定して適正に支払はしていたが、現場の上長などの指示で、勝手にタイムカードの打刻を前倒しして、長時間ではないが、サービス残業が行われることがあった、という事実が明らかになったと仮定する。 そうすると、若干のサービス残業はあったが、長時間で常態化とまではいえない、という判断が下されることになるが、時間と短いとはいえ、サービス残業の事実が裁判所に認定された、ということになってしまう。

また、これは個人ではなく企業特有の問題であるが、会社名が判例データベースに記録されてしまうというリスクもある。

基本的に、判例データベースにおいては、固有名詞は匿名化される。 判例データベースは、過去の判断例から、法的な検討を行うためのツールであって、当事者の過去の履歴を明らかにすることを目的とはしていないからである。 もっとも、会社名(法人名)については、これを伏せる隠す必要性が低い、むしろ、どのような裁判を行っているか、法人について明らかにすることは公共の利益にも合致するという考え方から、匿名化されていることも多い。 そうすると、判例データベースに会社名を入れると、その会社が当事者になっている判決の一覧が表示されることになる。

ネット上の表現トラブルに限らず、残業代不払いやセクハラやパワハラ、不当解雇などの労働問題が公表されると、その企業に対する社会的評価が低下するリスクもある。

もちろん、出版社が提供している判例データベースは有料であることが多い。 それなりに、契約期間も要求されるので、一般市民が利用することは考えがたい。 仮に、企業に所属する者が利用することも認めた。 それだけに、企業に対する中傷のために利用することもいえる。 そのためだけに、しかし、とくに情報が手に入るかどうかわからないのに、判例データベースを契約する者は稀であろう。 もっとも、大学図書館などで、学生や、教職員は、そういったことを調べる学生がいるのかと思われるかもしれないが、就職先として検討している。

討している会社については、最近の学生は徹底的に調べる。 だからこそ、就職情報サイトのクチコミが企業にとって大きな影響を与えることもあるほどである。

個別案件とは離れるが、相談している弁護士に、そのような事情が自社について発生していないかを確認してみるのも一考すべきであろう。 裁判記録すべてを隠すことはできないが、記録書類のうち、売上情報、企業の秘密に関係するもの、従業員のプライバシーに関するものがある場合には、訴訟記録について閲覧制限を申し立てることも検討するべきである。

民事訴訟法は、次のように定めている(民事訴訟法92条1項柱書)。

「次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記録された部分の閲覧等の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。」

この中に、「次に掲げる事由」とあるが、それは2つある。 「一 訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記録され、又は記録されている時、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。」、「二 訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第2条第6項に規定する営業秘密をいう。 第102条の2第1項第3号及び第2項において同じ。)が記録され、又は記録されていること。」 である。

1つ目は、当事者のプライバシーの問題であり、企業の場合は基本的に関係がない。 2つ目については営業秘密であり、これは企業にとって関係がある。 この「営業秘密」の定義については、不正競争防止法の別の法律に委ねられており、次のように定められている(不正競争防止法2条6項)。

「この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」

この定義からは、事業上のノウハウなどはもちろん、取引先、取引の価格、売上などを含むことが理解できる。

この閲覧制限については、訴訟の最初の段階より、訴状を出す前に、担当弁護士とよく検討されたい。 閲覧される前に閲覧制限を申し立てない意味がないからである。

また、閲覧制限の要件は法律上は厳しいが、実務上、かなり裁判所は柔軟に認めてくれる。 ただし、制限をした(マスキングをした)資料は自社で用意するようにいわれるのが通例である。 また、秘密にするべき部分を選択する作業は手間がかかるものである。

したがって、提訴時点までに、閲覧制限を求めるか、その範囲をどうするかを決め、閲覧されてくない書面については、提出と閲覧制限は同時に申し立てするようにするべきである。

このように、閲覧制限の対象でない記録の閲覧の申立てがあると、看過されがち(実際に、閲覧されて秘密情報が知られてしまい、そのあとに慌てて閲覧制限を申し立てるが、かえって問題になって、プライバシーが侵害されるとの事件が発生している)であるので、自社から、依頼をしておくとおくべきである。

(5) 刑事裁判のリスク
これはネットトラブルに限ったことではないが、相手方の加害行為が犯罪を構成する場合には、刑事責任の追及についても留意が必要である。

自動車運転においては、交通事故の責任は、賠償しなければならないという民事上の責任、免許に関する行政上の責任、そして、刑事上の責任がある。

泥されることも多い。 ネットトラブルも、インターネットに免許制はないので、基本的に行政上の問題はないにしても、民事上の賠償責任と刑事上の処罰を受ける責任、この2つが問題となる。

刑事裁判については、検察官が起訴つまり裁判を起こして進めるため、自社のやることとしては、そのようにするように促す程度である。 具体的には、刑事告訴といって、刑事罰を捜査機関に求めるということがある。

刑事訴訟法230条は、「犯罪により害を被った者は、告訴をすることができる。」 と定めている。 名誉毀損については親告罪といって、この告訴がないと、そもそも検察官が起訴つまり刑事裁判を始めることができないということになっている。 刑法232条1項は「この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。」 と定めている。 この「この章」とは、第34章であり、ここに名誉毀損や侮辱等が定められている。

厄介なのが、刑事訴訟法239条本文の「親告罪の告訴は、犯人を知った日から6箇月を経過したときは、これをすることができない。」 という定めである。 つまり、名誉毀損は親告罪であり、告訴がないと処罰できない。 しかし、親告罪なので、その告訴は犯人を知ってから半年以内に行わなければならないということになる。

半年もあれば十分と思われるかもしれない。 しかし、実際問題として、捜査機関に刑事告訴をしても実際に処罰してもらえるケースは、よほど悪質でないと難しい。 したがって、刑事告訴は、交渉材料の1つととれる、具体的には「請求に応じない、民事裁判の他に、刑事告訴もする」と予告することは常套手段として行われている。

ただし、交渉には時間がかかることも多い。 そうすると、交渉中に半年が経過してしまい、刑事告訴というカードを失ってしまうこともしばしばある。 半年もあるのに、そのようなことがあるのかと思われる方もいるかもしれない。 しかし、筆者が弁護士で弁護をした経験でいうと、かなりの割合で、刑事告訴を声を高らかに予告しているけれども、結局、成立せず、刑事告訴の期限は経過してしまった。 ここでの注意点としては、刑事処罰にこだわるのであれば、交渉材料にするのではなく、ただちに刑事告訴に進むべきということである。 交渉材料にすると、そうしている間に、上記の期間制限が経過してしまうことも多いからである。 また、刑事告訴により捜査が開始された場合、加害者が示談を申し入れてくる場合も多く、示談をすれば、示談をすれば、合理的な示談内容で、合意が、示談をすれば、示談をすることも可能であり、相手方としてもどうしても避けたいので、自社の要求に沿う条件も相当程度合意してくる可能性が高い。

コラム9
加害者の会
「被害者の会」という言葉がある。 主に消費者被害や、公害、薬害などで、同じ被害を受けた人々が団体を結成して、協力して被害回復や真相解明を目指すというものである。
逆に「加害者の会」というのは聞き慣れない言葉であるし、もちろん、自らそう名乗っている団体があるわけではない。 しかし、実際的に、加害者たちが集まって共同戦線を構成するようなケースがある。 ある被害者の会に対して、まるで加害者が集まって同じような目的を目指すので、「加害者の会」と筆者は呼ぴならわしている。
もっとも、被害を主張する側にも、発信者側にも、それぞれの言い分がある。 発信者であって請求を受けたからといって(違法な)加害者であることが確定しているわけではない。 また、発信者同士が団体を結成して協力すること自体は違法行為ではないし、特に社会的に非難されるべきであるとまでは言えない。
ここで「加害者の会」というのは、あくまで被害を主張する側からみた、発信者の団体のことという。 と理解されたい。
さて、このような「加害者の会」が構成されるのは、ネット上における誹謗中傷被害、デマ流布の特有の現象である。 特定多数の人間が、同じような論拠、あるいはデマに誘導されて、同じ同様の投稿をする者に刺激されて、同様の違法な投稿を繰り返すことが、通常よくあるパターンであるからである。
「被害者の会」が同じような状況で被害に遭った人々が多数発生することにかなり構成されやすいということと同様に、「加害者の会」も同じような加害行為を原因として、同じように責任を追及されているということで構成される。
責任を追及する被害者側としては、概ね次のような点に注意をする必要がある。

Ⅰ 集団訴訟のルールの問題
Ⅱ 情報交換のリスク
Ⅲ 二次被害のリスク

それぞれ説明する。
まず、日本では、消費者被害の一部を除いて、基本的に特別な集団訴訟ルール、米国のクラスアクションのような特殊な訴訟制度はない。

集団訴訟というのは、複数の訴え、あるいは訴えが提起される訴訟をいう。 法律上は「共同訴訟」といわれ、法律上は、複数の訴えが提起される訴訟をいう。 もっとも、民事訴訟法38条は、「訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上及び法律上の原因に基くときは、その数人は、共同訴訟人として訴え、又は訴えられることができる。 訴訟の目的である権利又は義務が同種であって、事実上及び法律上同種の原因に基くときも、同様とする。」 と定めている。 要するに、同じ権利義務を請求するとき、あるいは、同様の事件に関する権利義務関係であるときは、複数の訴え、つまり複数の原告になり、あるいは、複数の被告となり、複数の訴えを被告として裁判を行うことができる、ということである。

もっとも、民事訴訟法は、つまり複数の訴訟を提起できるが、基本的には、特別なルールが適用されるようになってはいない。 たとえば、被害者が1人、つまり自社1社が原告、加害者が複数、つまり被告が複数の場合は、原告-被告A、原告-被告B、原告-被告Cというように、1対1の訴訟が3本並列するようなものである。

もっとも、基本的には、つまり複数の訴訟は共有される。 また、自社の主張も固定も限定もされない。 たとえば、被害者が、被告A、B、C全員に共通する主張、反論となることが多い。 その意味で、自社の手続、コストは抑制できる。

もっとも、それぞれの被告、つまり、相手方は、名前(所在地)も記載し、同じ訴状を被告ごとに作成して、送達されることになる。 実際には、被告の住所の住民票も過去に送達されることになる。 こうして同じ内容の事件が複数の被告でお互いに連絡を取り合うということがしばしばおこる。 もちろん、各被告に弁護士を選任すれば、弁護士は、他の被告との情報交換を行って、連携を取る、あるいは、弁護士を選任するとして、同様の被告らが連携を取り、やっと対応することになる。 この場合、最初のうち、1人の弁護士が複数の訴訟を、相手方は、相手方は、かなりコストを節約して対応してくることになる。

応ずることができる。

情報共有されて訴訟上は手強くなるし、相手方としても、心理的にも複数いうことになれば、「金銭で妥協するから、謝罪などで譲歩してほしい」などという提案もとおりにくくなる。

また、被告の裁判資料をもっている者が、複数存在するということもある。 そうすると、それも迂回してインターネットにアップロードされて、無茶な主張をしているなど、誹謗中傷の材料にされてしまうこともあり得る。

もちろん、裁判が公開されているからといって、裁判資料のアップロードは違法になることもある。 もっとも、複数の被告がいて、同じ被告を持って、わざわざアップロードしたのか、わからないこともある。

「集団訴訟」という言葉は、弁護士からすると、相談者・依頼者からは、比較的に抵抗の言葉である。 集団でやれば、数の力で有利になるのではないかというものである。 実際には、以上のとおり、特別のルールが原則として適用されるので、大変に不利に働くことは多くはないが、この種の事案においては、被告側に集団になることで、自社にとって不利になることはあり得る。

すなわち、以上に述べたように訴状から被告相互の連絡先がわかるため、共同戦線を張られてしまう、情報交換をされる、誰からか(候補が複数人いるので、誰の仕業かわからない)形式で訴状などの裁判資料がアップロードされてしまう、ということである。

このようなリスクを減らすには、訴える相手を、ごく少数に絞る、選ぶというのがある。 被害の程度が大きい、あるいは、特に違法性が明らかであって、裁判で反論できそうにないものに絞る、などである。

なお、他にも、バラバラに訴える、つまり、7人いたら、1人ずつ7回訴えるといった方法もある。

しかし、このようなケースでも、インターネットの匿名掲示板などで、〇〇社に訴えられた等と情報交換をされるリスクはゼロではない。 弁護士がまとめで訴えられても、弁護の伴うという制度がある。 民事訴訟法1項には「裁判所は、口頭弁論の分離、併合若しくはその命令を取り消すことができる。」 と定められていることがある。 また、これまでは、相手方に、これまでも、相手方にされることもある)ということもある。

裁判は公開されるという意味はない。 もちろん、裁判の公開原則があるからといって、これを無限定に別の場所で口にしてはならない。 この点については、非常にわかりやすい判例がある。 これによれば、「裁判の公開の原則により訴訟記録や冒頭が原則として公開される趣旨は、訴訟手続の公正を担保するにあり、国民に当裁判の内容を広く知られているものではない。 実際に同制度によって個々の裁判の内容が国民一般に広く知られているわけでもない。 したがって、右制度の存在を理由に(私が民事訴訟を提起されたとの事実を不特定の人々に公表しても)違法性の利益を否定することはできない」(東京地判平成17年3月4日判例時報1893号54頁)。

インターネット上には、故意か過失か、裁判は公開されているから別の場所でも公開してもよい、あるいは、ある場所では自分の発言の場所で公開してもよい、という誤解を信じている。 もちろん、これらは不法行為であるが、企業として関係者や相手方が不法行為をすることを可能に十分に考慮に入れ、場合によっては、このような(加害者の会)が相手になることを想定する必要がある。

このあたりの事情は、むしろ、現実に「加害者の会」などを担当した企業側の人物に聞くことで、その担当者の認識を知ることも大切なので、最初の段階から、担当弁護士に共有しておくことが重要である。