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弁護士の知識

公判手続|裁判員の参加する公判手続|裁判員の参加する裁判の手続

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

裁判員裁判の手続に関連する法規定・特則は次のとおりである。
(1) 一般国民が裁判に参加するに当たっては、審理に要する見込み期間があらかじめ明らかになっていると共に、争点に集中した迅速かつ充実した審理が必須の前提となる。そこで、裁判員裁判対象事件は、第1回公判期日前に必ず事件を公判前整理手続に付さなければならない(裁判員法 49条)。
(2) 従前の実務の通例のように、鑑定実施(例鑑定留置を伴う被告人の精神鑑定)のために、公判開始後になって審理が相当期間中断すると,それまでの審理で裁判員が得た心証が薄れるおそれがあるほか、裁判員の負担も大きくなる。そこで、結果の報告がなされるまでに相当の期間が見込まれる鑑定については、裁判所の決定により、公判前整理手続において、鑑定の経過及び結果の報告以外の鑑定に関する手続を行うことができる(裁判員法 50条)。鑑定の経過及び結果の報告(訴規則129条)以外の鑑定の手続とは、鑑定人が鑑定書または口頭で行う鑑定の報告以外の,鑑定のためのすべての手続をいう。例えば、鑑定人に、公判開始前に、精神鑑定のための面接、鑑定書の作成等の作業を行ってもらい。その終了を待って公判を開始するという手続の進め方ができる。
(3)このほか、接見交通の制限等についての刑訴法の規定の適用に関する特例がある(裁判員法64条)。被告人と弁護人等以外の者との接見禁止等に関し、裁判員、補充裁判員または選任予定裁判員に、面会、文書の送付その他の方法により接触すると疑うに足りる相当な理由があるときにも、接見禁止等の措置を講ずることができる(法81条)。また。必要的保釈の除外事由として、裁判員補充裁判員または選任予定裁判員に面会、文書の送付の他の方法により接触すると疑うに足りる相当な理由があるときが付加されている(法89条5号)。保釈等の取消しに関しても、取消事由として、裁判員。補充裁判員または選任予定裁判員に、面会、文書の送付その他の方法により接触したときが付加されている(法96条1項4号)。
これらの特例は、証人等の場合と異なり、被告人による接触が許される正当な理由は考え難いこと、被告人が裁判員等に接触するようなことがあれば裁判の公正及びこれに対する情頼が確保できないことから設けられたものである。
(4)裁判官。検察官及び弁護人は、裁判員の負担が過重なものとならないようにしつつ、裁判員がその職責を十分に果たすことができるよう。審理を迅速で分かりやすいものとすることに努めなければならない(裁判員法51条)。
速な審理の実現の観点からは、争点中心の充実した審理を連日的に行うことが求められ(刑訴法281条の6)、分かりやすい審理の実現との関係では、例えば、難解な法律用語を裁判員に分かりやすく説明し、証拠の説明に当たっては図面を用いるなどの工夫が行われている。専門家による鑑定が行われた事件では、鑑定人との事前打合せ(カンファレンス)をした上で、鑑定人が口頭で鑑定結果の要点をプレゼンテーション方式で報告し、その後に当事者や裁判所が尋問するという方式を採る事例が多くみられる。分かりやすい審理方式の試みである。
事者が冒頭陳述を行うに当たっては、裁判員が争点及び証拠を把握しやすくなるように,公判前整理手続における争点及び証拠の整理の結果に基づき、証拠との関係を具体的に明示しなければならない(裁判員法55条)。前記のとおり裁判員裁判対象事件では、公判前整理手続が必要的とされ(同法49条)、公判前整理手続に付された事件については、被告人側の冒頭陳述が必要的である(刑訴法316条の30)。したがって、裁判員の参加する合議体で審理される事件については、被告人側の冒頭陳述も必要的となる。事者双方の冒頭陳述は、裁判員が引き続き実施される証拠調べの意味を的確に理解するための道筋を示すものでなければならない。争点整理の結果、争いのない事実については、捜査段階で作成された書面をそのまま取り調べるのではなく、書面の必要部分のみを1通にまとめた「統合捜査報告書」による立証がなされる例も多い。また、争いのない事件についても、重要な関係者の供述は調書ではなく証人尋問を行い,被告人にも公判の被告人質問で供述を求め、重要で核心的な事実については、公判延における口頭の供述から裁判体が直接心証形成できる方式すなわち「直接主義・口頭主義」が採用されるようになっている。
(5)当初から審理に立ち会っていた補充裁判員が裁判員となる場合を除き、新たな裁判員が加わるときは、公判手続を更新しなければならない〔第5章V(2)。裁判員が新たに合議体に加わる場合には、職業裁判官の場合と異なる配慮が必要であり、更新の手続は、新たに加わる裁判員が、争点及び取り調べた証拠を理解することができ、かつ、その負担が過重とならないようなものとしなければならない(裁判員法 61条)。
(6)裁判員が権限を有する事項に係る裁判。すなわち実体裁判の賞告期日への出頭は、裁判員の義務である。ただし、現実には、一部の裁判員の出頭が得られない事態も生じないとはいえず、それにより判決等の賞告ができなくなるのは相当でないので、裁判員の不出頭は賞告を妨げるものではない(裁判員法
63条1項)。
裁判員の任務は、終局裁判を告知したとき、対象事件からの除外または罰条の撤回・変更により、裁判員の参加する合議体で取り扱っている事件のすべてを裁判官のみが取り扱うこととなったときに終了する(同法 48条)。
(7) 控訴審及び差戻し審について、裁判員法は、裁判所法及び訴法の特則を規定していない。したがって、現行法どおり,控訴審裁判所は職業裁判官のみで構成すると共に、控訴審における破棄自判も可能である。
差戻し審についても特はないので、第1審として新たな裁判員を選任して審理及び裁判をすることとなり、その構造は、審理のやり直しではなく、現行法下の運用と同じ続審となる。
* 1人の被告人に対して複数の裁判員裁判対象事件が起訴され、これを併合して審判する要請が強い場合に、参加する裁判員の負担を軽減するため、「区分審理」及び「部分判決」の制度が設けられている(裁判員法71条~89条)。裁判所は、裁判員裁判対象事件を含む複数の事件の弁論が併合された場合には、裁判員の負担等を考慮し、一定の場合に、併合した事件のうち一部の事件を区分して審理する旨の決定をすることができる(区分審理決定)。この場合は、順次、区分した事件ごとに審理を担当する裁判員を選定して審理し、事実認定に関する「部分判決」を行う。
これを踏まえて、新たに選任された裁判員の加わる合議体が残りの事件を審理したうえ、併合した事件全体について利の言渡しを含む終局判決を行う。終局判決をする裁判体に参加する裁判員は、事実関係の審理に関与していない区分事件についても併せて刑の量定を行うことになるが、部分判決の中で、犯行動機、態様及び結果その他罪となるべき事実に関連する犯情に関する事実が示されるので、これに基づき量刑判断を行う。なお、区分審理・部分判決制度が合意である旨判断した判例として、最判平成27・3・10刑集69巻2号219頁。