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弁護士の知識

公判手続き|公判手続の関与者|裁判所|公平な裁判所

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1) 「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の・・・・・裁判を受ける権利を有する」(憲法37条1項)。「公平な裁判所」とは、その組織や構成からみて、偏頗・不公平な裁判をするおそれのない裁判所をいう(最大判昭和23・5・5刑集2巻5号447頁,最大判昭和 23・6・30刑集2巻7号773頁等)。
公平な裁判を担保する裁判所の組織・構成については、司法権・裁判官の独立(憲法76条)が根幹となる。とくに刑事事件については、旧法時代と異なり。
裁判所が行政府から完全独立して、裁判官と検察官が別個の組織に属していることが公平性の制度的・組織的担保となっている。また、具体的事件を審判する訴訟法上の意味の裁判所の構成については、公平性担保のため、裁判官の除床・品避・回避の制度が設けられている。さらに、地方の民心。訴訟の状況その他の事情により、裁判の公平を維持することができないおそれがあるときは、検察官または被告人が、管轄移転の請求をすることができる(法17条1項2号・2項)〔第2編公訴第2章Ⅱ 4(6)〕。以下では、このうち裁判官の除斥•忌避・回避について説明する。   (2)「除斥」とは、外形的に見て不公平な裁判をするおそれのある事情を類型化し、これに該当する裁判官を、当然に、すなわち当事者の申立てを待たず、職務の執行から排除する制度である(法20条)。除斥事由は、次のとおり。
①裁判官が被害者であるとき。
②裁判官が被告人または被害者の親族であるとき、またはあったとき。
③裁判官が被告人または被害者の法定代理人,後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人または補助監人であるとき。
④裁判官が事件について証人または鑑定人となったとき。
⑤裁判官が事件について被告人の代理人(法29条・284条)、弁護人または補佐人となったとき。
⑥裁判官が事件について検察官または司法察員の職務を行ったとき。
⑦裁判官が事件について付審判決定、略式命令。前審の裁判,控訴審もしくは上告審から差し戻し、もしくは移送された場合における原判決またはこれらの裁判の基礎となった取調べに関与したとき。ただし、受託裁判官として関与した場合は除く。
「前審の裁判」とは、審級制度における上級審から見た下級審の終局的裁判,すなわち、控訴審においては第1審、上告審においては控訴審及び第1審,抗告審においては原審の終局的裁判をいう。判例は、前審の範囲について一貫して限定的な解釈を示している。例えば、次の場合いずれも除斥事由に当たらないとしている。前審の判決宜告のみに関与(大判大正15・3・27刑集5巻3号125頁),前審に関与した裁判官が判決の宣告のみに関与(最決昭和28・11・27刑集7巻11号 2294頁),勾留・保釈等身体拘束処分のみに関与(最大判昭和 25・4・12州集4巻4号535頁),第1回公判期日前の証人尋問に関与(最判昭和30・3・25刑集9巻3号519頁),共者の裁判に関与(最判昭和28・10・6刑集7巻10号1888頁),少年法20条の逆送決定(最決昭和29・2・26刑集8巻2号198頁)、再起訴前の公訴棄却の判決とその審理に関与(最決平成 17・8・30刑集59巻6号726頁)。
終局的裁判には関与せず審理のみに関与した場合は、それが「裁判の基礎となった取調べ」に当たるとき除斥される。例えば、第1審裁判官として証拠の取調べをし、その証拠が第1審判決の罪となるべき事実の認定に用いられたときは、「裁判の基礎となった取調べ」に関与した場合に当たる(最大判昭和41・
7・20刑集20巻6号 677頁)。
除斥事由のある裁判官が判決に関与した場合は絶対的控訴理由となる(法
377条2号)。その他の訴訟手続に関与する場合も法令違反に当たり、判決に影響を及ぼすことが明らかであれば控訴理由となる(法379条)。なお、裁判官自らが除床事由があると考えるときは、回避(規則13条)の手続ないし事件事務分配上の手続により職務の執行に関与しないのが通例である。
(3) 「忌避」とは、当事者の申立てにより裁判官を職務の執行から排除する制度である。裁判官に除事由があるとき、またはその他の不公平な裁判をするおそれがあるとき、当事者はこれを忌避することができる(法21条1項)。
弁護人は、被告人のため忌避の申立てをすることができるが、被告人の明示の意思に反することはできない(法21条2項)。
不公平な裁判をするおそれがあるとは、除床事由に準ずるような事情の認められる場合をいうと解すべきであり、事案により、前記判例で除斥事由には当たらないとされた場合でも(例,被告人の勾留や保釈に係る判断に関与、第1回公判期日前の証人寿間に関与、共犯者の裁判に関与、逆送決定をした等),忌避の理由には該当する場合があり得よう(判例は、忌避理由にも当たらないとするものが多い。
最決昭和47・7・1刑集26巻6号 355頁,最決昭和48・9・20 刑集27巻8号1395頁参照)。他方、例えば、裁判官の訴訟指揮の結果が当事者の一方に不利益であるということ自体は、その性質上,忌避の理由にはならない(最決昭和48・10・8刑集27番9号1415頁参照)。
忌避申立ての時機には制限があり、当事者が事件について請求または陳述をした後には、不公平な裁判をするおそれがあることを理由とした忌避申立てをすることはできない(法 22条本文)。これは、事件について請求または陳述をしたときは、その裁判官の裁判を受ける意思が黙示的に表明されたとみられるからである。故に、事件の実体に係わらない人定質問に対する陳述や、管轄違いの申立てのようにその意思が認め難いものは含まれない。なお、後になって忌避事由の存在を知ったときや、後に忌避事由が生じたときは、あらためて思避申立てが可能である(法 22条但書)。
忌避申立てに対しては決定をしなければならない。簡易裁判所以外の裁判所の裁判官が温避されたときは、忌避された裁判官所属の裁判所が、合議体で決定する。簡易裁判所の裁判官が忌避されたときは、管轄地方裁判所が、合議体で決定する(法23条1項・2項)。忌避された裁判官はこの決定に関与することはできない(法23条3項)。なお、忌避された裁判官が忌避申立てに理由があるとするときは、その決定があったものとみなされ、決定の必要はない(法23条2項但書)。
訴訟遅延目的等での忌避申立ての濫用に対処するため、法は簡易却下の手続を設けている。すなわち、訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立て、前記申立て時機の制限後の申立て、規則で定める手続に違反してされた思避申立てが、合議体の裁判官の1人に対してなされたときは、その裁判官も加わった合議体が、決定で却下できる(法24条1項)。また。1人の裁判官に対して、そのような申立てがなされたときは、その裁判官が単独で申立てを却下することができる(法 24条2項)。
息避申立てを却下する決定・命令に対しては、即時抗告・準抗告をすることができる(法25条・429条1項1号)。性質上、忌避に理由があるとする裁判に対しては不服申立てはできない。
(4)「回避」とは、自己に忌避の原因があると考えた裁判官が、自ら所属の裁判所に申し立て、その裁判所の決定により職務の執行から退く制度である
(規則 13条)。実務上は、分配された事件の交換等により事実上回避と同様の措置で対処する例もある。
(5) 以上の裁判官の除斥・忌避・回避の制度は、法20条7号〔(2)の⑦〕の場合を除き,裁判所書記官にも準用されている(法 26条、規則15条)。
*裁判所書記官は、官署としての判所において裁判官を補助する様々な職員のなかでも、訴訟上とくに重要な役割を果たす関与者である。裁判所書記官は、裁判所の事件に関する記録その他の書類または電磁的記録の作成及び保管の事務をつかさどる(裁判所法 60条2項,規則37条)。「公判調書」の作成は、とくに重要な職務である(法48条、規則46条)[第4章X。一般に裁判所書記官は、その職務を行うについては、裁判官の命令に従うが(裁判所法60条4項)、口述の書取その他書類または竃磁的記録の作成または変更に関して裁判官の命令を受けた場合において、その作成または変更を正当でないと認めるときは、自己の意見を書き添え、または併せて記録することができる(裁判所法60条5項)。このように、一定の職務行使の独立性が認められているので、職務執行の公正に疑いを生じる事情があるときは、除斥・忌避・回避が認められているのである。なお、裁判所書記官は、このほか、書類の発送・受理や、訴訟関係人その他の者に対する通知などを行う(裁判所法 60条2項,規則 298条)。
(6)裁判員については、当該事件について不公平な裁判をするおそれのある事情を不適格事由として類型化し、その事由に該当する者は当然裁判員になることができないとされている(裁判員法17条)。また、裁判所が不公平な裁判をするおそれがあると認めた者は、裁判員になることができない(同法18条)
〔第6章2(2)。