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弁護士の知識

その他の捜査手段|通信・会話のの傍受|既存の強制処分との関係

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1) 刑事訴訟法は、電気通信の傍受について、「通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については、別に法律で定めるところによる」(法222条の2)と規定している。この条文は、このような態様の通信傍受が、要件・手続の法定と状主義による事前統制を要請される「強制の処分」であることを明示すると共に,刑事訴訟法上の強制処分法定の要請(法 197条1項但書)を形式的に充足させるものである。これを受けて、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」(平成11年法律137号)が制定されている(以下「通信傍受法」という)。その規律の概要は後述する〔後記Ⅲ3〕
また、この条文は、通の当事者のいずれかの同意を得て行われる傍受や、通信の一方当事者による通話内容の秘密録音は、「強制の処分」に該当しないことをも示唆する。これについては、別途検討する〔後記Ⅲ4)。
(2)法222条の2及び通信傍受法により創設された「電気通信」の「傍受」処分に該当する捜査手段(通信傍受法2条1項・2項)は、この「特別の根拠規定」に法定された固有の要件・手続に従う場合にのみ適法である。言い換えれば刑事訴訟法に既存の強制処分規定の解釈・適用によってそのような通信傍受を実行することは許されず、実行すれば違法である。
例えば、通信傍受法の定める対象狙罪(通信傍受法「別表」)以外の犯罪や対象犯罪について、法218条の定める「検証」の解釈・適用によって傍受を実行するのは違法である。また、対象犯罪以外の犯罪について、通信傍受法の要件・手続を「準用」して、裁判所が傍受を認めることは、強制処分法定主義に反し達意・遊法である(恋法31条、法197条1項但書・222条の2)。裁判所に立法府の明定した要件・手続に該当しない強制処分を許容する権限がないのは当然である。
(3) 法定された「電気通」には該当しない会話傍受等の捜査手段について、既存の強制処分規定の解釈・適用によりこれを実行することができるか。
最高裁判所は、「本件当時、電話傍受が法律に定められた強制処分の状により可能であったか否かについて検討すると、電話傍受を直接の目的とした状は存していなかったけれども、・・・・・・前記の一定の要件を満たす場合に、対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状により電話傍受を実施することは、本件当時においても法律上許されていたものと解するのが相当である」と述べて、通信傍受法制定以前に実施された電話の通話内容の「検証」(法218条)を適法であったと判断している(前記最決平成 11・12・16)。このため、通言受法制定後も、判例の法解釈に依拠し、「電気通」以外の対象を受することは「検証」として可能であるとの議論があり得る。しかし、この法解釈は疑問であろう。
第一,判例は、「電話受は、通話内容を聴覚により認識し、それを記録するという点で、五官の作用によって対象の存否、性質、状態、内容等を認識、保全する検証としての性質をも有するということができる」という。ここに示された検証の一般的定義によれば、被疑事実に関連する対象通話の聴取・録音が検証としての性質を有するのはそのとおりであろう。しかし、問題は、それが現行刑訴法規定の想定し法定されている「検証」に該当するかである。
傍受という処分の性質上、捜査機関が令状により特定された対象通話を選別して傍受するためには、その選別判断に必要な限度で、傍受すべき通話にするかどうかが明らかでない通話をも傍受しなければならない。このよう関係通話の傍受は、検証対象の捜索というべき性質の処分であり、現行「検証」はこのような処分を想定していない。判例は、これを検証に「必要な処分」(法129条)に含まれると解するが、傍受処分に伴うこのような固有の法益侵害には、別途,「特別の根拠規定」が必要というべきである(前記最決平成11・12・16における原利文裁判官の反対意見参照)。
なお、通信傍受法は、傍受に「必要な処分」としてではなく、別途、特別の根拠規定を設けている(「傍受の実施をしている間に行われた通であって、傍受令状に記載された受すべき通・・・・・に該当するかどうか明らかでないものについては、傍受すべき通に該当するかどうかを判断するため、これに必要な最小限度の範囲に限り,当該通信の傍受をすることができる」〔通信傍受法14条1項[該当性判断のための傍受])。これは、通信傍受に附随する必要な処分の確認規定ではなく、別個固有の法益侵害処分を実定法として明記し創設したものと理解される。
第二、傍受処分の性質上、事前の告知(状の事前呈示)はできないが、対象者に対する事後の通知と不服申立ての機会付与は、憲法31条の適正手続の不可父の要請である。しかし,現行刑訴法上の「検証」にはそのような手続規定が欠落しており、傍受処分は「検証」の枠外にあるとみられる(元原裁判官の反対意見参照)。
判例は、「検証許可状による場合,法律や規則上、通話当事者に対する事後通知の措置や通話当事者からの不服申立ては規定されておらず、その点に問題があることは否定し難いが、電話傍受は、これを行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に限り、かつ、前述のような手続[身体検査状以外の検証許可状にも条件を附加することができるとの解釈に基づき、裁判官は、電話傍受の実施に関し適当と認める条件、例えば、捜査機関以外の第三者を立ち会わせて、対象外と思料される通話内容の傍受を速やかに遮断する措置を採らせなければならない
旨を検証の条件として附する等]に従うことによって初めて実施され得ることなどを考慮すると、右の点を理由に検証許可状による電話傍受が許されなかったとまで解するのは相当でない」と述べるが(前記最決平成11・12・16),このような言辞が適正手続違反を正当化する理由にならないのは明らかである。
なお、通信傍受法は、処分の事後通知と不服申立手続に関係する多くの条項を創設して適正手続という憲法上の要請に対応している(通信傍受法第3章)。
以上のとおり、通話・会話の「傍受」という類型的行為態様の「強制の処分」については、法 222条の2に基づき創設された「通信傍受法」以外に、「特別の根拠規定」は存在しないというべきである。したがって、既存の強制処分規定の解釈・適用によりこれを実行することは許されない。例えば、将来室内会話の傍受処分の要否につき検討し、合憲的な要件・手続を創設するのは、最高裁判所ではなく、立法府の仕事である。
*前記判例(最決平成11・12・16)は、裁判官が状に条件を附加する点について、「身体検査令状に関する・・・・・・法218条5項[現6項]は、その規定する条件の付加が強制処分の範囲,程度を減縮させる方向に作用する点において、身体検査状以外の検証許可状にもその準用を肯定し得ると解される」との法解釈を示している。
最高裁判所は、いわゆる「強制採尿状」について、身体を対象とする捜索差押え
令状に条件を附加することを認めており〔11(5)),判例の一般的理由付け自体は「令状主義」の趣意に則したものである。しかし、強制尿と電話検証のいずれについても、法 218条5項[現6項]の準用という法解釈の外形を纏った、実質的な立法,すなわち、現行刑訴法が想定せず「法定」されていなかった新たな強制処分の創設というほかはない。このような条件の附加は、「強制処分法定主義」に反するというべきである(この点については、賢明な説示をしたGPS 捜査に関する最高裁判例[前記最大判平成29・3・15]参照〔第1章13(3)])。状裁判官が、法定されている強制処分を許可するにあたり、状に条件を附加することによって、当該処分の範囲,程度を減縮させる方向の作用を期する場合とは異なる。
**通信傍受法にいう「傍受」とは、後記のとおり、通「内容」を知るため、通宿当事者のいずれの同意も得ないで、現に行われている他人間の電話その他の電気通信を受けることをいう(通信傍受法2条2項参照)。通内容自体の傍受ではなく、例えば、電話番号や通履歴の探知のみを目的として、現に行われている他人間の通信を受ける場合は、通信傍受法の適用外となる。これも「通の秘密」等を侵害する強制処分であるが、現行法の「検証」として可能であると解され実行されている。しかし、事後通知や不服申立ての機会付与という適正手続の観点から慎重な検討を要しよう。法100条(郵便物押収の特則)は通信状態の「検証」にも準用されるべきである。また、不服申立ての局面では「押収」(法430条)と解して準抗告の対象とすべきであろう。
なお、GPS捜査に関する前記最高裁判例は、事前の呈示要請(法222条1項・110条)は絶対的な要請とまでは解されないが、これに代わる手続の公正の担保の手段が「仕組みとして確保され」ていないのでは、「適正手続の保障」という観点から問題が残ると説示し、その手続の一つとして「事後の通知」を想定している。
***「会話傍受」については、新たな刑事司法制度の構築を調査審議した法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会において立法案が審議されたが、今後の検討に委ねられることとなった。審議の過程では、会話傍受が、振り込め詐欺や暴力団犯罪の捜査、あるいは、コントロールド・デリバリの手法による薬物銃器犯罪の捜査の際に、共謀状況や犯意に関する証拠を収集する上で必要であり、理論的にも制化は可能であるとの意見があった一方で、通信傍受以上に個人のプライヴァシイ
侵害する危険性が大きく、場面を限ったとしてもなお捜査手法として認めるべきでないとして制度化自体に反対する意見があった。
理論上・憲法上の問題は、基本的に通信傍受と同様であり、合憲的制度設計は可能と思われるが、法益侵害の範囲と質が格段に大きいので、高度の必要性が認められる状況・場面に限定して実定法化を試みるのが適切な立法政策と思われる。