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弁護士の知識

検証・鑑定|検証|身体検査

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1) 検証の対象が人の身体の状態である場合,これを「身体検査」という。
人の身体には住居等の場所や物とは別個固有の重要な人格的法益(生命・身体の安全、名誉・羞恥感情)が想定されるので,法は「身体検査状」という特別の法形式を設けて、これに配慮している(法218条1項・5項・6項)。
身体検査令状の請求に際しては、検証状の請求書に記載する事項のほか、身体の検査を必要とする理由,対象者の性別及び健康状態を示さなければならない(法 218条5項,規則155条2項)。状裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を附することができる(法 218条6項)。「条件」としては、身体検査を実施する場所・時期・方法の指定や、医師等身体の安全に配慮することのできる専門家の立会いを求める等、対象者の健康状態・身体の安全・名誉・羞恥感情に対する侵害の範囲・程度を減縮させる方向に作用する事項が想定される。裁判官の附した「身体の検査に関する条件」は、身体検査状に記載される(法 219条1項)。
(2) 身体検査の実施に際しては、対象者の性別。健康状態その他の事情を考慮して、特にその方法に注意し、対象者の名誉を害しないよう注意すべき旨の定めがある(法222条1項・131条1項)。また、とくに女子の身体検査については、医師または成年の女子の立会いが必要である(法 222条1項・131条2項)。
女子の身体の捜索の場合(法222条1項・115条)とは異なり、急速を要する場合の例外は認められていない。対象者の羞恥感情の保護という趣旨から、医師または成年女子の立会いにとどまらず、これらの者を補助者として身体検査の全部または一部を実行させることもできると解される。
(3)対象者が正当な理由なく身体検査を拒否したときは、過料・費用賠償の間接強制手段(法 222条1項・137条)と刑罰の制裁(法 222条1項・138条)がある。過料・費用賠償処分は裁判所に請求する(法222条7項)。これらの間接強制等では効果がないと認めるときは、直接実力で強制して身体検査を実行することができる(法 222条1項・139条・140条)。
直接強制は対象者の抵抗を制圧してでも検査目的を達成しようとするものであるから、もとより有形力行使は目的達成に必要最小限度で、侵害は必要性と合理的な権衡が認められる相当な態様でなければならない。身体検査という処分の性質上、対象者の任意の協力を得れば安全に実施できる検査であっても、対象者の意思と抵抗を制圧する態様の直接強制による場合には一般に身体に対する危険性が高まることから、許されないと解すべき場合もあり得る。
*身体検査は、対象者を裸にするなどその名誉や羞恥心を害する処分であるから、性質上、対象者の現在する場所で実行するのが相当でない場合があり得る(例,適切な医療施設で実施するのが相当な検査)。また、直接強制に際して対象者の抵抗による混乱を生じるおそれがある等の事情から、対象者の現在する場で直ちに身体検査を実施するのが適当でない場合も想定される。このようなときは、速やかに対象者を身体検査の実施に適する最寄りの場所まで連行した上、処分を実行することができると解するのが、身体の捜索に関する判例の法解釈の帰結と思われる[第5章II2(3)**,第7章13参照。強制採尿状に基づく連行に関する最決平成 6・9・16刑集48巻6号420頁、逮捕に伴う被逮捕者の身体・所持品の捜索に関する最決平成8・1・29 刑集50巻1号1頁参照】。
(4) 人の身体を対象とする他の捜査手段として、身体を対象とする捜索(法218条1項)及び、鑑定受託者による鑑定に必要な処分としての身体検査(法225条1項・168条1項)がある。いずれも人の身体の状態を認識・見分する作用を伴う点で共通する。他方、処分の目的、処分の主体、法定されている手続を異にする側面があるので、処分の態様によっては、いずれの法形式により実施するのが適切かが問題となる。共通性は、来、捜索・検証・鑑定という各処分自体に対象の状態の観察・認識という共通する類型的行為態様が含まれていることに起因する。法形式の選択にとって何よりも留意すべきは、処分対象者の被る法益侵害の質・程度である。人の健康状態・身体の安全と人格的法益に対する不合理な侵害をできる限り防止するという観点からの検討が重要であろう。
法が、処分の請求と実施に特別の配慮を定める「身体検査令状」によらなければならないとしている「検証としての身体検査」は、そのような特別の定めのない身体を対象とする「捜索」とは異なり、対象者の衣服を取り去り裸にして実施する態様の検査が可能と解される。
これに対し、対象者の名誉・羞恥感情を侵害する程度が低い着衣のままの外部的検索や,通常衣服で覆われていない部位(顔・手・体格等一対象者が覆面や手袋を外さない場合は別論である)の観察・認識は、その目的の内容により、身体を対象とする捜索または通常の検証として実施することができる。他方。
処分の目的が身体の状態の観察にとどまらず証拠物の探索・発見であったとしても、衣服を取り去り裸にして身体の外表部や体腔内を調べる行為は、捜索命状ではなく、対象者の名誉・羞恥感情に配慮した身体検査令状を得て実施するのが適切である〔第5章12(1)]。
なお、身体の拘束を受けている被疑者の指紋もしくは足型を採取し、身長もしくは体重を測定し、または写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り。
令状を要しないとの規定がある(法 218条3項)。列記されているのは身体拘束
処分を受けている被疑者の特定に係る事項であり、これは適法に実行された身体拘束処分の附随的効力として認められているものであるから、別個の人格的法益侵害を伴う裸にする態様の処分は、身体検査状によらなければならない。
また、目的が被疑者の特定に係る場合であっても、血液型やDNA型の検体を取得するための処分(血液採取等)には、列記された措置とは異なる新たな法益侵害を伴うので、別途、適切な令状を得て実施すべきである。
医療技術を用いた身体内部に及ぶ検査(例、エックス線透視。内視鏡検査、薬品の使用を伴う検査等)は、原則として、捜査機関が法的主体である検証としての身体検査の範囲を超えるとみるべきである。後記〔I.3(3)のとおり、医師等専門家が主体となり、その専門的知識による認識・判断を利用して実施することが想定されている「鑑定処分としての身体検査」の法形式によるのが適切である。
もっとも.人の身体を対象とする検証と鑑定とは、前記のとおり身体の状況の認識という点で共通しており、明確な限界を設定することは困難である。そのうえ、身体検査に関する条件として、医師等の専門家を補助者として検証としての身体検査を実施させることが可能である。この場合、実際の検査行為を医師等の専門家が実施するのであれば、対象者の健康状態と身体の安全確保というもっとも重視すべき点については、いずれの法形式であっても配慮に欠けるところはないといえよう。このような観点から、捜査機関による直接強制を伴って実施しても身体・健康状態への危険が小さいと認められる態様の身体検査は、医師等専門家を補助者とし,専門的見地から相当と認められる方法で実施しなければならない旨の条件を附した検証としての身体検査状の法形式,または専門的知識による認識・判断が予定される場合には、前記のような条件を附した身体検査令状と専門家たる補助者を鑑定受託者とする鑑定処分許可状の併用という法形式によることも可能であろう(例,静脈等からの血液の採取、エックス線透視。鑑定資料取得のための毛根・唾液等の採取)。なお、いわゆる「強制採尿」等体液の採取については、別途説明する〔第7章Ⅰ〕