ホーム

弁護士の知識

捜索・押収|令状によらない捜索・差押え|無令状捜索・差押え実行の範囲

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

(1) 前記のとおり、無状捜索の対象は、逮捕被疑事実に関連する証拠物が存在する蓋然性の認められる「逮捕の現場」並びに被逮捕者の身体及び所持品である。「現場」は逮捕行為が現に実行・完遂された場所であって、被逮捕者や第三者による証拠の破棄隠滅行為が及び得る範囲に限定されるのが原則である。被逮捕者の身体及び所持品を対象とする捜索の実行については、前記のとおり、特段の事由がある場合、被逮捕者を「逮捕の現場」から捜索に適した最寄りの別の場所まで連行して処分を実行することができる。これに対して、逮捕の時機を遅くする特段の事由もないのに、被疑者をその居宅等に同行してから逮捕を実行し、居宅等を「逮捕の現場」として捜索するのは、捜査機関の恣意的判断で無状捜索が可能な場所を選定することを認めるに等しく、令状主義の基本趣旨に反するであろう。
「逮捕の現場」に居た第三者の身体については、制度趣旨の前提となる逮捕被疑事実に関連する証拠物が存在する一般的蓋然性が認められず、また前記のとおり人の身体には場所とは別個固有の法益が認められるから、捜索をすることはできないと解すべきである。
(2)差押えについては、状に基づく場合と異なり対象物件に関する事前の明示・特定がなく、また、明文による限定はないが、逮捕被疑事実に関連する証拠物等が存在する蓋然性に立脚した法の趣旨から当然に、差押えの対象物は逮捕被疑事実と関連する証拠物及び没収すべき物と思料されるものに限られる。
もとより、別の被疑事実に関連する証拠物等を差し押えるのは違法である。関連性の有無の判断は基本的に状に基づく処分の実行の場合と異ならないが〔皿3(2)、対象物件の事前の明示・特定がないため全面的に捜査機関の判断に委ねられることになる。脱法的権限行使の危険に鑑み、事後の不服申立ての番査にはとくに慎重な判断が要請されよう。*捜査機関において、被疑者をその居宅で逮捕し、これに伴う無状捜索・差押え権限を用いて、逮捕被疑事実とは別の被疑事実に関連する証拠物を探索・発見しようとの意図の有無にかかわらず、前記のとおり、たとえ逮捕被疑事実に関連しない別件の証拠物を発見してもこれを差し押えるのは違法である。もっとも無状捜素の過程で発見された物件が法禁物であるときは、所持罪の現行犯逮捕ができることから、その現行犯逮捕に伴う無状差押えが可能となる(例、恐喝被疑事実で適法に逮捕状を得た被疑者について、覚醒剤営利目的所持の嫌疑があるとき、同人を同人の居宅で逮捕し、これに伴う居宅内の無状捜索の結果、多量の覚醒剤を発見したので、同人を覚醒剤営利目的所持の被疑事実で現行犯逮捕すると共に、当該覚醒剤を差し押えた場合)。このような場合に、法禁物の無状差押え処分について、捜査機関の事前の意図のみを理由にこれを違法とすることはできないであろう。
(3) 令状に基づく処分の場合と同様に,強制処分の実効性を確保するため。
これに対する妨害排除や原状回復の措置を行うことができる。例えば、逮捕現場に居た者が、その場に存在していた逮捕被疑事実に関連する証拠物を隠匿しようとした場合には、そのような差押え処分に対する妨害を排除し原状を回復するのに必要かつ相当な措置を実行することができると解される。
(4)適法な逮捕行為を実行・完遂するに際し、逮捕という強制処分の附的効力として必要かつ相当な範囲で、これに対する妨害排除措置を採ることができる。例えば、逮捕者その他の第三者または被逮捕者の生命・身体の安全を確保するため、逮捕行為に対する抵抗を制圧する措置の一環として、被逮捕者の身体を検索し所持する凶器を強制的に奪取・確保することができると解される。
これは、法 220条に基づく証拠物等の捜索・差押え処分ではなく、むしろ適法な逮捕の目的達成のため許容されている措置と位置付けられよう。したがって、このような措置の実施場所は「逮捕の現場」に限定されない。逮捕行為を完遂し妨害を排除するため、被逮捕者から逃走用具を奪取・確保する措置についても同様である。