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弁護士の知識

被疑者の身体拘束|身体束処分に関する諸問題|身体拘束処分と被疑事実との関係

2025年11月19日

『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日
ISBNISBN978-4-641-13968-8

1) 身体拘束処分の要件に共通するのは、特定の具体的な被疑事実について一定の嫌疑が認められることである。裁判官によって通常逮捕や勾留の要件たる「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(法199条・60条1年)の存否が審査され、審査対象とされた「罪」の内容は命状に「被疑事実の要旨」として具体的に明示記載される(逮捕状について法200条、勾留状について64条1項)。これは、令状に明示記載された具体的事実について数判官が身体拘束の正当な理由を認めたことを手続上明確にすると共に、そのような被疑事実について被疑者の身体拘束処分を許容していることを意味する。言い換えれは、手続上明示顕在化されていない被疑事実については、裁判官の審査を経ていないのであるから身体拘束処分の効力は及ばないと解される。                (2)このように、身体来処分の効力は、裁判官の審査を経て手続上明示在化されている被疑事実についてのみ及ぶという考え方を「事件(被疑事実)単位原則」という。身体拘束処分は被疑者に対して実行されるものであり。ひとたび拘束された被疑者に複数の被疑事実が競合する場合(例えば、死体遺棄被疑事実で逮捕・勾留されている被疑者について、密接に関連する殺人被疑事実についても身体拘束処分の下で捜査をする必要が認められる場合),既に実行されている身体拘束処分を別の被疑事実に関する捜査目的に流用することにより、全体としての拘束期間を短縮できる可能性はあり得るが(例えば、死体遺棄による勾留期間の延長に際して殺人に関する捜査の必要性をも併せ考慮する),このような方法は基本的に妥当とはいえない。
ここでの問題は、1人の被疑者に複数の被疑事実が現に競合する局面において、裁判官による身体拘束の正当な理由の審査を被疑事実ごとに明示顕在化して行うのと、潜在的な状態のまま考慮勘案するのとで、いずれが適切かである。
身体拘束処分に対する裁判官の関与の趣旨・目的からして答えは自ずと明らかであろう。複数の被疑事実について身体拘束処分の理由と必要が認められる場合には、それぞれの被疑事実について逮捕・勾留を行うべきである。この結果、1人の被疑者に複数の身体拘束処分が競合することになるが(例えば死体遺棄被疑事実で勾留中に殺人被疑事実で逮捕・勾留される場合)、それが実態に即し手続上も明示顕在化された競合である点で何ら問題はない。複数の被疑事実について身体拘束処分が順次実行されると、拘束期間が長期に及ぶ可能性が生じるが、その点は別途期間設定について解釈運用上の調整があり得よう。
(3) 以上のとおり、身体拘束処分の効力はその正当な理由を裁判官が審査し令状に明示記載された被疑事実についてのみ及ぶ。したがって、勾留延長(法208条)や勾留取消し(法87条)の要否の判断、接見・授受の制限(法81条)についても、競合するいまだ逮捕・勾留されていない他の被疑事実を考慮すべきではない。身体拘束処分の根拠とされ勾留状に記載された被疑事実のみを対象として検討されるべきである。
*既に行われた身体拘束処分が、その根拠とされた事実以外の犯罪事実の捜査に現に利用されていた場合において、事後的にこのような事情を身体拘束された者の利益に考慮勘案することは、潜在的被疑事実について身体拘束処分の効果を流用する場面とは異なるから、別論である。例えば、無罪とされた事実による勾留日数を勾留されていなかった有罪とされた事実の刑期に算入することを認めた事案(最判昭和30・12・26刑集9巻14号 2996頁)や、逮捕・勾留された事実は不起訴となり、その拘束期間を利用して捜査が実施され起訴された事実が無罪とされた場合に、不起訴となった事実についての身体拘束を刑事補償の対象とした事案(最大決昭和
31・12・24刑集10巻12号1692頁)は、いずれも既に行われた身体拘束処分の果たしていた機能を拘束されていた者の利益方向に考慮勘案したものである。