探偵の知識

遺言者の意思能力

2025年12月12日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q:父は、遺言を残して亡くなりました。遺言を行った時、父は少し認 知症の症状がありましたが、この遺言の効力には影響があるでしょうか。
A:被相続人(遺言者)は、自由に遺言を行うことができます。
しかし、遺言は法律行為であるため、法律行為を行うことができるだけの能 力である判断能力=意思能力が必要です。
遺言者に遺言を行った時点において遺言能力がないと判断された場合には、 遺言は無効となります。
解説:
(1)遺言能力とは
法律行為を行うためには、法律行為の意味と、その効果・結果を理解・判断 する (弁識する) ことのできる意思能力が必要です。
遺言も法律行為であるた め、遺言を行うためには意思能力が必要です。遺言を行うための意思能力を 「遺言能力」といいます (民法963)。
したがって、遺言能力のない遺言者の作成した遺言は無効となり、遺言がな い場合と同様になります。
(2)遺言能力の判断要素
遺言能力については、民法において、①未成年者でも15歳以上であれば遺言 を行うことができること(民法961)、②成年被後見人でも、事理を弁識する能 力を一時的に回復した場合には、医師2名以上の立会いの下で、遺言を行うこ とができること(民法973①)が規定されています。
それ以外の場合については、解釈に委ねられており、裁判例では、「本件各 対象遺言者の各時点における遺言者である被相続人の病状、精神状態等、遺言の 内容、遺言をするに至った経緯等をふまえ、遺言能力を喪失するに至っていた かどうかを判断する」等と、病状、精神状態、遺言内容、経緯などを総合的に 考慮して判断されています。
(3)本事例の当てはめ
本事例で、遺言が無効となるのか否かについては、一概には言えません。
上記のとおり、当時の相続人の父の認知症の症状、程度、遺言の内容(特定 の相続人にすべての財産を相続させる等の単純な内容か、それとも個別の財産 を各相続人に細かく分配するなどの複雑な内容か)、遺言前の意向、遺言直後 の言動との整合性、それまでの人間関係からみて自然であるか否かなどの諸要 素を判断する必要があります。
相続人間で効力について合意できなければ、裁判所で遺言無効確認訴訟等に より結論を出してもらうこととなります。
(4)相続税申告
遺言の効力がはっきりしない場合の相続税申告は難しいものと思われます。
遺言により (多く) 財産を受け取る相続人等は、遺言が有効であると主張す る以上、これを前提に申告すると考えられます。
これに対し、遺言無効を主張する相続人としては、遺言無効が認められる事 例が少ないこと、遺言無効を主張する側は遺言により取得する財産が少ないは ずであり、遺言無効を前提に未分割申告を行うと税負担が重いことを考えると、 一応、遺言が有効であることを前提に申告することが多いと思われます。
裁判所で遺言が無効と判断された場合には、一旦未分割であることを前提に 更正の請求や期限後申告又は修正申告を行い、分割確定後に再度更正の請求や 修正申告を行うことになります。