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探偵の知識

遺留分侵害額請求で金銭を支払った場合

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q:相続人は長女の私、次女、弟の3人です。相続財産は、遺言書に基づき、私と次女が相続し、相続税の申告手続を終了したところ、このほど、弟から遺留分侵害額請求の通知がありました。相続財産は不動産がほとんどで、金融資産はわずかです。
A: 遺留分侵害額の請求 (民法1046) に基づき金銭を支払った場合には、その事由が生じた日の翌日から4か月以内に限り、更正の請求を行い、相続税額の還付を受けることが可能です。一方、遺留分に相当する金銭を受け取る弟様は、修正申告を行うことができます。 解説 遺留分侵害額の請求については、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間は行使することができる(民法1048)とされていることから、本事例のように相続税の申告後、遺留分侵害額請求を受け遺留分の回復が行われることがあります(遺留分侵害額の計算は前記37(6)参照)。 この場合、遺留分侵害額の請求を受けて負担した人とその支払を受けた人との間で、当初申告に対して更正の請求及び修正申告の調整が必要となります。
(1) 遺留分算定のもととなる資産の評価
遺留分算定に際し、例えば相続財産の中に不動産や非上場株式がある場合,その資産をどのように評価するかが争いになることが多々あります。遺留分算定の際には、例えば不動産は売却査定額や鑑定評価額等,非上場株式はバリュエーション(後記53参照)を利用することもありますが、相続税申告に使用する評価額は、財産評価基本通達に基づき計算した相続税評価額ですので、時価とは異なる点に留意が必要です。
(2) 更正の請求
相続税の申告書を提出した人は、遺留分侵害額請求に基づき支払うべき金銭の額が確定し、その事由により当初の申告に係る課税価格及び相続税額が過大となったときは、その事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内に限り、更正の請求を行うことができます(相法32①三)。遺留分に相当する金銭を支払うことで、侵害側の相続税の課税価格は減少しますから、更正の請求により、過大となった相続税額の還付を受けることが可能です(前記6(3)参照)。
(3) 修正申告
相続税の申告書を提出した人は、遺留分侵害額請求に基づき支払うべき金銭の額が確定し、その事由により当初の申告に係る相続税額に不足を生じたときは、修正申告を行うことができます(相法31①)。遺留分に相当する金銭を受け取ることで、侵害された側の相続税の課税価格は増加しますから、修正申告により、不足した相続税額を納付することが可能です。
なお、この修正申告は、「(・・・・・・・) 修正申告書を提出することができる。」(相法31①)旨の文言になっており、任意的修正申告という位置付けとなっています。とはいえ、遺留分を支払った側が更正の請求を行い相続税額の還付を受ける場合には、遺留分を受け取った側も修正申告をしなければ、税務署としては同じ相続において納付されるべき全体の相続税額が不足することになりますので、更正を行うと考えられます。
しかし、当事者がいずれも、更正の請求を行わず修正申告も行わないということであれば、当事者間での納付すべき相続税額の相殺をもって、その手続に代えることも選択肢の一つとして考えられます。
(4) 期限後申告
遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定し、その事由により新たに申告書を提出すべき要件に該当することとなった人は、期限後申告を行うことができます(相法30①)。その場合の取扱いは、修正申告と同様です。
(5) 修正申告及び期限後申告に係る附帯税の取扱い
申告期限を超えて修正申告等を行った場合、過少申告加算税や延滞税などの附帯税が課されることがあります (後記69(2)参照)。しかし、遺留分侵害額請求に伴い、申告書を提出する場合の附帯税の取扱いは、以下のとおりとされています。
① 過少申告加算税又は無申告加算税
遺留分侵害額請求により受け取る金額は、当然、当初申告時には申告することができないものです。そのため、期限内申告においてその受け取る金額を加味することができないのは、正当な理由に基づくものであるため、過少申告加算税や無申告加算税は課されないこととされています(通法65⑤一,661)。
② 延滞税
期限内申告に係る納期限の翌日から修正申告書又は期限後申告書の提出があった日までの期間については、延滞税の計算期間から除外されることとされています(相法51②一八)。
(6) 本事例における課税上の留意点
① 相続税の課税価格の計算 遺贈が遺留分を侵害するものとして遺留分侵害額の支払の請求が行われた場合において、その金額が確定したときの相続税の課税価格の計算は、次のとおりです。
イ 金銭の支払を受ける相続人(遺留分権利者)
相続又は遺贈により取得した現物の財産の価額と遺留分侵害額に相当する価額との合計額

ロ 金銭を支払う受遺者 (遺留分義務者)
相続又は遺贈により取得した現物の財産の価額から遺留分侵害額に相当する価額を控除した金額 なお、この場合の「遺留分侵害額に相当する価額」は、相続開始の時における時価であることを要しますが(相法22),その金額については、代償分割が行われた場合(相基通11の2-10)に準じて計算することとして差し支えありません(前記41参照)。
② 時価が相続税評価額を上回る場合の調整計算の例
・長女が遺贈により取得した財産:土地(相続税評価額4,000万円,遺留分侵害額の支払の金額が確定した際の時価5,000万円)
・遺留分侵害額に相当する価額:2,000万円
・遺留分侵害額に相当する価額2,000万円は、相続財産である土地の遺留分侵害額の支払の金額が確定した際の時価5,000万円をもとに決定されている。
イ 長女の課税価格 4,000万円-2,000万円× (4,000万円 5,000万円)=2,400万円
ロ 弟の課税価格 2,000万円× (4,000万円 5,000万円) =1,600万円
また、遺留分侵害額に相当する金銭の支払に代えて、所有している土地を移転させることにより遺留分侵害額を消滅させた場合、代物弁済に該当し、譲渡所得課税が行われます。