債務免除とみなし贈与
2025年11月19日
Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社
Q: 私は事業資金として、伯母さんから2,400万円を借り入れ、月々20万円を返済する契約に基づき、返済を続けてきましたが、このほど残額を帳消しにしてもよいとの連絡を受けました。私が返済したのは月々8万円で、5年が経過したところです。贈与税等の対象となるのでしょうか。
A: あなたが伯母様から債務免除を受けた場合には、あなたにとっては債務が消滅することから、経済的利益を得ることになります。この経済的利益については、債務免除のもととなる借入金の性質、債務者の資力の状態などを確認した上で、みなし贈与課税に該当するか、所得税の収入金額に計上すべきか、また、所得税の課税対象となる場合はどの所得区分に該当するのか検討します。
解説………
(1) 債務免除
債権者がその権利を放棄することで債務者の債務が免除されることを債務免除といい、民法519条は、「債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、その債権は、消滅する。」と規定しています。 債務免除が行われた場合、債務者が債権者へ弁済すべき価額分の消滅又は減少の効果が生じ、結果的に債務者が利益を享受することになります。
(2) 個人が個人から債務免除を受けた場合
個人が対価を支払わず、又は著しく低い価額の対価で債務の免除、引受け又は第三者のためにする債務の弁済による利益を受けた場合には、その利益を受けた個人は、債務免除が行われた時にその債務免除に係る債務の金額を、その債務免除をした人から贈与により取得したものとみなされます (相法8)。 例えば、債務免除の有無について争われた事案において、訴外Aからの借入債務は弁済したもので、債務免除の事実はない旨の納税者の主張に対し、裁判所は、
①納税者の供述等を裏付ける客観的な証拠は存在せず、弁済時の供述は不自然かつ不合理であること、②弁済時期についての供述等の変遷があり、その理由は信用できないことから、弁済の事実はなく、本件債権放棄通知書によって、本件債務は、免除されたものと認めるのが相当であるとして、贈与税の決定処分は適法と判断しました13。 なお、債務免除が行われる状況は得てして債務者が既に債務超過の状態に陥り、今後も返済の見込みがない場合がほとんどです。このため、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合において、債務免除があったとき、又は、その債務者の扶養義務者によってその債務の引受け又は弁済がなされたときは、贈与により取得したものとみなされないこととされています(相法8但書)。
(3) 個人が法人から債務免除を受けた場合
個人が法人からの債務免除によって受けた経済的利益は、法人からの贈与により取得したものとみなされ贈与税の課税対象になるとも考えられますが、贈与税は相続税の補完税であるとの趣旨から、納税義務者である受贈者は原則として個人に限られます。また、「法人からの贈与により取得した財産」の価額は贈与税の課税価格に算入しない (相法21の3①一) と規定されています。 法人からの贈与により取得した財産は贈与税の課税価格に算入されないことから、債務免除を受けたことによる債務者の経済的利益は、所得税の課税対象となります。なお、法人からの贈与により取得する金品 (業務に関して受けるもの及び継続的に受けるものを除きます。)は、一時所得に該当します(所基通34-1(5))。 また、債務免除を受けた個人が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合は、その債務免除により受ける経済的な利益の価額については、各種所得の金額の計算上、総収入金額に算入しないこととされています(所法44の21)。
(4) 法人が個人から債務免除を受けた場合
法人は相続税の課税原因は発生しないことから、相続税の補完税としての贈与税が課税されることはありません。 会社役員(個人)が同族会社の経営状況に応じて金銭の貸付けを行い、結果的に貸付金を放棄する事例が多々見られます。このように法人が個人から債務免除を受けても贈与税の課税対象とはなりませんが、債務免除益に対しては法人税が課税されます。さらに、この貸付金の放棄によりこの同族会社の株式の評価額は値上がりし、その値上がりによってこの会社の株主が取得する経済的利益は贈与と同様の実質を有することから、貸付金を放棄した個人から株主に対し贈与があったとみなされます(相基通9-2(3))。
(5) 所得税の課税対象とされる債務免除益
所得税法では、買掛金その他債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額は、その年分の各種所得の金額の計算上、収入金額に計上されます(所法36①,所基通36-15(5))。
また、法人からの贈与により取得する金品のうち、業務に関して受けるもの及び継続的に受けるものについては、一時所得から除かれています(所基通34-1(5))。
この点、納税者(原告)が、農協から受けた借入金の債務免除益の全額を一時所得として確定申告したところ、農地の取得や農業用機械の購入に充てられた部分は事業所得、賃貸用不動産の取得に充てられた部分は不動産所得、それ以外は一時所得として更正処分を受けた事案 (課税庁はその後理由を差し替えて、一時所得に当たるとしたものは雑所得であると主張)において、納税者は、農地の取得は当初から農地転用等をして売却をする目的で、農業の用に供するためのものではなかったし、借入金の債務免除は農協が合併に向けて不良債権を処理する必要があり、借入金の一部を弁済するとともに残額を放棄するという偶発的な合意をしたのだから、一時的かつ偶発的な所得であり、一時所得であると主張しました。 裁判所は、不動産所得や事業所得には副収入や経済的な利益の付随収入等も含まれるから、借入金の目的に応じて不動産所得と事業所得に区分され、どちらにも該当しない部分は非継続要件と非対価要件を満たさないものとはいえ ないから、一時所得に該当すると判断しました。
(6) 本事例の課税関係 月々返済した8万円について、元本の返済であるのか利息の支払であるのか確認し、残債額を明らかにします。そして、元本の返済であると確認できた場合、月20万円から返済した8万円を差し引いた残金12万円について、債務として残っているのか、既に免除されていたのか確認します。
(5年後の残債)
① 債務として残っている場合:1,920万円 (2,400万円 8万円×12月×5年)
② 債務として残っていない場合:1,200万円(2,400万円 20万円×12月×5年)
次に、相談者が伯母から借り入れた事業資金について、所得税の事業所得の収入金額に計上すべきか否か、事業の取引上生じた買掛金その他の債務の免除を受けた場合に該当する事情があるか検討します。また、債務免除の連絡を受けた際に資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に該当するか検討します。その結果、これらの事情が認められない場合には、みなし贈与課税の対象となると思料します。
A: あなたが伯母様から債務免除を受けた場合には、あなたにとっては債務が消滅することから、経済的利益を得ることになります。この経済的利益については、債務免除のもととなる借入金の性質、債務者の資力の状態などを確認した上で、みなし贈与課税に該当するか、所得税の収入金額に計上すべきか、また、所得税の課税対象となる場合はどの所得区分に該当するのか検討します。
解説………
(1) 債務免除
債権者がその権利を放棄することで債務者の債務が免除されることを債務免除といい、民法519条は、「債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、その債権は、消滅する。」と規定しています。 債務免除が行われた場合、債務者が債権者へ弁済すべき価額分の消滅又は減少の効果が生じ、結果的に債務者が利益を享受することになります。
(2) 個人が個人から債務免除を受けた場合
個人が対価を支払わず、又は著しく低い価額の対価で債務の免除、引受け又は第三者のためにする債務の弁済による利益を受けた場合には、その利益を受けた個人は、債務免除が行われた時にその債務免除に係る債務の金額を、その債務免除をした人から贈与により取得したものとみなされます (相法8)。 例えば、債務免除の有無について争われた事案において、訴外Aからの借入債務は弁済したもので、債務免除の事実はない旨の納税者の主張に対し、裁判所は、
①納税者の供述等を裏付ける客観的な証拠は存在せず、弁済時の供述は不自然かつ不合理であること、②弁済時期についての供述等の変遷があり、その理由は信用できないことから、弁済の事実はなく、本件債権放棄通知書によって、本件債務は、免除されたものと認めるのが相当であるとして、贈与税の決定処分は適法と判断しました13。 なお、債務免除が行われる状況は得てして債務者が既に債務超過の状態に陥り、今後も返済の見込みがない場合がほとんどです。このため、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合において、債務免除があったとき、又は、その債務者の扶養義務者によってその債務の引受け又は弁済がなされたときは、贈与により取得したものとみなされないこととされています(相法8但書)。
(3) 個人が法人から債務免除を受けた場合
個人が法人からの債務免除によって受けた経済的利益は、法人からの贈与により取得したものとみなされ贈与税の課税対象になるとも考えられますが、贈与税は相続税の補完税であるとの趣旨から、納税義務者である受贈者は原則として個人に限られます。また、「法人からの贈与により取得した財産」の価額は贈与税の課税価格に算入しない (相法21の3①一) と規定されています。 法人からの贈与により取得した財産は贈与税の課税価格に算入されないことから、債務免除を受けたことによる債務者の経済的利益は、所得税の課税対象となります。なお、法人からの贈与により取得する金品 (業務に関して受けるもの及び継続的に受けるものを除きます。)は、一時所得に該当します(所基通34-1(5))。 また、債務免除を受けた個人が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合は、その債務免除により受ける経済的な利益の価額については、各種所得の金額の計算上、総収入金額に算入しないこととされています(所法44の21)。
(4) 法人が個人から債務免除を受けた場合
法人は相続税の課税原因は発生しないことから、相続税の補完税としての贈与税が課税されることはありません。 会社役員(個人)が同族会社の経営状況に応じて金銭の貸付けを行い、結果的に貸付金を放棄する事例が多々見られます。このように法人が個人から債務免除を受けても贈与税の課税対象とはなりませんが、債務免除益に対しては法人税が課税されます。さらに、この貸付金の放棄によりこの同族会社の株式の評価額は値上がりし、その値上がりによってこの会社の株主が取得する経済的利益は贈与と同様の実質を有することから、貸付金を放棄した個人から株主に対し贈与があったとみなされます(相基通9-2(3))。
(5) 所得税の課税対象とされる債務免除益
所得税法では、買掛金その他債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額は、その年分の各種所得の金額の計算上、収入金額に計上されます(所法36①,所基通36-15(5))。
また、法人からの贈与により取得する金品のうち、業務に関して受けるもの及び継続的に受けるものについては、一時所得から除かれています(所基通34-1(5))。
この点、納税者(原告)が、農協から受けた借入金の債務免除益の全額を一時所得として確定申告したところ、農地の取得や農業用機械の購入に充てられた部分は事業所得、賃貸用不動産の取得に充てられた部分は不動産所得、それ以外は一時所得として更正処分を受けた事案 (課税庁はその後理由を差し替えて、一時所得に当たるとしたものは雑所得であると主張)において、納税者は、農地の取得は当初から農地転用等をして売却をする目的で、農業の用に供するためのものではなかったし、借入金の債務免除は農協が合併に向けて不良債権を処理する必要があり、借入金の一部を弁済するとともに残額を放棄するという偶発的な合意をしたのだから、一時的かつ偶発的な所得であり、一時所得であると主張しました。 裁判所は、不動産所得や事業所得には副収入や経済的な利益の付随収入等も含まれるから、借入金の目的に応じて不動産所得と事業所得に区分され、どちらにも該当しない部分は非継続要件と非対価要件を満たさないものとはいえ ないから、一時所得に該当すると判断しました。
(6) 本事例の課税関係 月々返済した8万円について、元本の返済であるのか利息の支払であるのか確認し、残債額を明らかにします。そして、元本の返済であると確認できた場合、月20万円から返済した8万円を差し引いた残金12万円について、債務として残っているのか、既に免除されていたのか確認します。
(5年後の残債)
① 債務として残っている場合:1,920万円 (2,400万円 8万円×12月×5年)
② 債務として残っていない場合:1,200万円(2,400万円 20万円×12月×5年)
次に、相談者が伯母から借り入れた事業資金について、所得税の事業所得の収入金額に計上すべきか否か、事業の取引上生じた買掛金その他の債務の免除を受けた場合に該当する事情があるか検討します。また、債務免除の連絡を受けた際に資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に該当するか検討します。その結果、これらの事情が認められない場合には、みなし贈与課税の対象となると思料します。