名義財産
2025年11月19日
Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社
Q:私は20年前から毎年110万円ずつ孫に贈与を行っています。今では、 2,200万円が貯まっていますが、孫はまだ若いの で無駄遣いしてほしくな いと思い、通帳や印鑑等は私が管理しています。問題はありませんか。
A: あなたの相続が開始した場合、相続税の申告後の税務調査において、贈 与契約を交わさず、あなたが資金を拠出し、通帳や印鑑をあなたが管理してい たことが判明すると、あなたの名義財産と認定される可能性があります。名義 財産の判定は事実関係を総合的に検証した上で判断されることとなりますが、 税務当局から名義財産と認定される懸念がある場合には、その名義財産を 生前 に解消することを勧めます。
解説
(1) 名義財産とは
相続税申告の場面では、いわゆる「名義財産」が問題となることがあ ります。 名義財産とは、預金通帳や預金証書などに記載された名義は被相続人と異な るものの、実質的に被相続人に帰属する預貯金や有価証券などの財産であると 認定されるものを指します。代表的なものとして、被相続人が生前に 名義で 預金口座を開設し、その存在を本人に知らせることなく被相続人が管理してい た預金のようなものが挙げられます。
(2) 名義財産が問題となる場面 名義財産が問題となる場面としては、遺産確認訴訟のほか、相続税の税務調 査において、被相続人の名義財産として財産の計上漏れを指摘されるような場合が考えられます(後記58参照)。この場合には、相続財産の範囲が変わるだ けでなく、追加の相続税の本来のほか、ペナルティとして無申告加算税・過少 申告加算税、利息に相当する延滞税が課されます。
(3) 名義財産発生のメカニズム 贈与(民法549) は、財産を無償で与える旨の「合意」によりその効力を生 じます。例えば、先述の被相続人が孫にその存在を知らせることなく開設・管 理している孫名義の預金口座に対し、被相続人から入金が行われていた場合に は、孫による受諾がないことから同条に定める法律要件を満たさず、その効力 は生じません。この場合、預金口座の名義は孫の持ち物ではあるものの、実 質的に被相続人に帰属する財産として取り扱われることとなります。
また、相続税申告の実務では、被相続人の配偶者のいわゆるヘソクリ(被相 続人から配偶者に渡された生活費の余剰金が蓄積されたもの)が問題となるこ ともあります。ヘソクリの帰属について争われた平成19年4月11日裁決にお いて、次の2点の 内容が示されています。
① 被相続人から配偶者へ生活費として渡された金銭の法的性質は夫婦共同生 活の基金であり、その余剰を配偶者名義の預金等にしたとしてもその法的性質 は失われない。
② たとえ、生前に被相続人から生活費の余剰分は自由に使ってよい旨を言われ ていたとしても、それが直ちに贈与契約を意味する訳ではなく、その預金 等の全額が配偶者の固有の財産にはならない。
このような先例があるため、配偶者のヘソクリについてもその判断は慎重に 行う必要があります。
(4) 名義財産を把握する方法 では、このような名義財産はどのように把握するのでしょうか。実務上は、 相続人が、その形成過程を説明できない財産を所有している場合(次の①の金額 > ②〜④の合計額となった場合)には、名義財産の存在を疑います。
① 相続開始時に相続人が所有する財産の額
② 相続人固有の収入による財産の積み上げ額 (例:相続人自身の給与・公的年金・自身が所有する財産の売却代金等)
③ 相続人が被相続人以外の者から相続した財産 (例:被相続人の妻が自身の親から相続した財産)
④ 被相続人の生前に相続人が贈与を受けたことが明らかな財産の額
上記により名義財産の存在が疑われるケースでは、まず、贈与契約書のよう な直接証拠により法律要件を満たす具体的な事実があったかを確認します。
直接証拠による立証が困難な場合には、東京地裁平成20年10月17日判決で 示された判断の枠組みを参考にしつつ、以下のような間接事実に基づき民法 549条に定める法律要件を満たす具体的な事実がその当時においてあったか否 かを推認することとなります。
・預金・証券口座の開設状況(誰が口座開設の手続をしたのか?)
・預金者や証券口座の名義人の住所地の状況(口座名義人の住所が金融機関への 届出内容と異なる場合に、合理的にその理由を説明できるか?)
・預金・証券口座への入金状況(誰がどこから何を原資に入金したのか?)
・通帳・印鑑等の保管場所の状況(誰が預金通帳や印鑑、ネットバンキング・ ネット証券のID・パスワード・ワンタイムキーや二段階認証のためのデバイ スを管理していたか?)
・口座の入出金・株式の売買の管理者の状況(誰が入出金・株の売買を実際に管理 していたのか?)
・収益の処分状況(利息、配当等は誰が得ていたのか?)
(5) 名義財産を発生させないための対策
相続税の申告書作成や税務調査に備え、名義財産を発生させないためには、 法に定める要件を満たす具体的な事実があったことを確認できるようにしてお くことが大切です。その対策として、①贈与契約書の作成及び②保険料贈与スキームの2点をご紹介します。
① 贈与契約書の作成 現預金等の贈与を行う際、贈与契約書を作成することにより、その当時にお いて贈与の法律要件を満たす具体的な事実があったことを示すことができます。 相続税の税務調査も意識する場合、次のような点に留意するとよいでしょう。
イ 贈与者・受贈者双方が「自署」する その当時において、確かに贈与者・受贈者による財産を無償で与える旨の合 意があったことを示すため、自署による契約書の方が望ましいといえます。
ロ 確定日付の付与を受ける 相続税の税務調査において贈与契約書を後日付で作成したものではないこと を示すため、公証役場で確定日付の付与を受けることも有効です。1件当たり 700円。付与を受ける時間も短時間で済みますのでぜひとも行いたい対策です。
② 保険料贈与スキーム
名義財産対策として使われる保険料贈与スキームとしては、次のようなもの があります。
《設定する保険契約》
・保険契約者・保険料負担者 : 子
・被保険者 : 親
・保険金受取人 : 子
毎年、親が子に現預金を贈与し、子はその現預金を保険料として保険会社に 支払いまず。子が贈与を受けた現預金により保険料を支払うという事実により、 その当時において財産を無償で与える旨の合意があったことを推認させ、これ により名義財産の発生を防ごうとするものです。
また、このようなスキームを組んだ場合、親が死亡した際に支払われる保険 金はみなし相続財産(前記8参照)としてではなく、相続人の一時所得として 所得税・住民税の課税対象となります。相続財産や保険の内容等にもより ますが、相続税課税ではなく所得税・住民税課税の方が税負担が軽減されるケース もあり、副次的にこのような効果も期待できます。
A: あなたの相続が開始した場合、相続税の申告後の税務調査において、贈 与契約を交わさず、あなたが資金を拠出し、通帳や印鑑をあなたが管理してい たことが判明すると、あなたの名義財産と認定される可能性があります。名義 財産の判定は事実関係を総合的に検証した上で判断されることとなりますが、 税務当局から名義財産と認定される懸念がある場合には、その名義財産を 生前 に解消することを勧めます。
解説
(1) 名義財産とは
相続税申告の場面では、いわゆる「名義財産」が問題となることがあ ります。 名義財産とは、預金通帳や預金証書などに記載された名義は被相続人と異な るものの、実質的に被相続人に帰属する預貯金や有価証券などの財産であると 認定されるものを指します。代表的なものとして、被相続人が生前に 名義で 預金口座を開設し、その存在を本人に知らせることなく被相続人が管理してい た預金のようなものが挙げられます。
(2) 名義財産が問題となる場面 名義財産が問題となる場面としては、遺産確認訴訟のほか、相続税の税務調 査において、被相続人の名義財産として財産の計上漏れを指摘されるような場合が考えられます(後記58参照)。この場合には、相続財産の範囲が変わるだ けでなく、追加の相続税の本来のほか、ペナルティとして無申告加算税・過少 申告加算税、利息に相当する延滞税が課されます。
(3) 名義財産発生のメカニズム 贈与(民法549) は、財産を無償で与える旨の「合意」によりその効力を生 じます。例えば、先述の被相続人が孫にその存在を知らせることなく開設・管 理している孫名義の預金口座に対し、被相続人から入金が行われていた場合に は、孫による受諾がないことから同条に定める法律要件を満たさず、その効力 は生じません。この場合、預金口座の名義は孫の持ち物ではあるものの、実 質的に被相続人に帰属する財産として取り扱われることとなります。
また、相続税申告の実務では、被相続人の配偶者のいわゆるヘソクリ(被相 続人から配偶者に渡された生活費の余剰金が蓄積されたもの)が問題となるこ ともあります。ヘソクリの帰属について争われた平成19年4月11日裁決にお いて、次の2点の 内容が示されています。
① 被相続人から配偶者へ生活費として渡された金銭の法的性質は夫婦共同生 活の基金であり、その余剰を配偶者名義の預金等にしたとしてもその法的性質 は失われない。
② たとえ、生前に被相続人から生活費の余剰分は自由に使ってよい旨を言われ ていたとしても、それが直ちに贈与契約を意味する訳ではなく、その預金 等の全額が配偶者の固有の財産にはならない。
このような先例があるため、配偶者のヘソクリについてもその判断は慎重に 行う必要があります。
(4) 名義財産を把握する方法 では、このような名義財産はどのように把握するのでしょうか。実務上は、 相続人が、その形成過程を説明できない財産を所有している場合(次の①の金額 > ②〜④の合計額となった場合)には、名義財産の存在を疑います。
① 相続開始時に相続人が所有する財産の額
② 相続人固有の収入による財産の積み上げ額 (例:相続人自身の給与・公的年金・自身が所有する財産の売却代金等)
③ 相続人が被相続人以外の者から相続した財産 (例:被相続人の妻が自身の親から相続した財産)
④ 被相続人の生前に相続人が贈与を受けたことが明らかな財産の額
上記により名義財産の存在が疑われるケースでは、まず、贈与契約書のよう な直接証拠により法律要件を満たす具体的な事実があったかを確認します。
直接証拠による立証が困難な場合には、東京地裁平成20年10月17日判決で 示された判断の枠組みを参考にしつつ、以下のような間接事実に基づき民法 549条に定める法律要件を満たす具体的な事実がその当時においてあったか否 かを推認することとなります。
・預金・証券口座の開設状況(誰が口座開設の手続をしたのか?)
・預金者や証券口座の名義人の住所地の状況(口座名義人の住所が金融機関への 届出内容と異なる場合に、合理的にその理由を説明できるか?)
・預金・証券口座への入金状況(誰がどこから何を原資に入金したのか?)
・通帳・印鑑等の保管場所の状況(誰が預金通帳や印鑑、ネットバンキング・ ネット証券のID・パスワード・ワンタイムキーや二段階認証のためのデバイ スを管理していたか?)
・口座の入出金・株式の売買の管理者の状況(誰が入出金・株の売買を実際に管理 していたのか?)
・収益の処分状況(利息、配当等は誰が得ていたのか?)
(5) 名義財産を発生させないための対策
相続税の申告書作成や税務調査に備え、名義財産を発生させないためには、 法に定める要件を満たす具体的な事実があったことを確認できるようにしてお くことが大切です。その対策として、①贈与契約書の作成及び②保険料贈与スキームの2点をご紹介します。
① 贈与契約書の作成 現預金等の贈与を行う際、贈与契約書を作成することにより、その当時にお いて贈与の法律要件を満たす具体的な事実があったことを示すことができます。 相続税の税務調査も意識する場合、次のような点に留意するとよいでしょう。
イ 贈与者・受贈者双方が「自署」する その当時において、確かに贈与者・受贈者による財産を無償で与える旨の合 意があったことを示すため、自署による契約書の方が望ましいといえます。
ロ 確定日付の付与を受ける 相続税の税務調査において贈与契約書を後日付で作成したものではないこと を示すため、公証役場で確定日付の付与を受けることも有効です。1件当たり 700円。付与を受ける時間も短時間で済みますのでぜひとも行いたい対策です。
② 保険料贈与スキーム
名義財産対策として使われる保険料贈与スキームとしては、次のようなもの があります。
《設定する保険契約》
・保険契約者・保険料負担者 : 子
・被保険者 : 親
・保険金受取人 : 子
毎年、親が子に現預金を贈与し、子はその現預金を保険料として保険会社に 支払いまず。子が贈与を受けた現預金により保険料を支払うという事実により、 その当時において財産を無償で与える旨の合意があったことを推認させ、これ により名義財産の発生を防ごうとするものです。
また、このようなスキームを組んだ場合、親が死亡した際に支払われる保険 金はみなし相続財産(前記8参照)としてではなく、相続人の一時所得として 所得税・住民税の課税対象となります。相続財産や保険の内容等にもより ますが、相続税課税ではなく所得税・住民税課税の方が税負担が軽減されるケース もあり、副次的にこのような効果も期待できます。