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探偵の知識

不倫カップルの愛が成就した瞬間

2025年11月19日

事件はラブホで起きている
探偵小沢

そして2回目の調査。同じく夕方から対象者の会社で張り込みをしていると、今度は対象者と女性が一緒に出てきた。
(もしかして、社内でも不倫が黙認されている仲なのだろうか……)
そんなことを思いながら尾行を開始する。前回と同様、路上付近までまた立ち話が始まった。どうやら、この退勤後の立ち話がふたりのルーチンらしい。僕ら探偵はその様子の一部始終をビデオカメラで撮影する。
店に入るわけでもなく、1時間半ほど立ち話を続けたのちにふたりは解散した。そして、女性はまたしてもコンビニでゆで卵を買って帰宅した。
ここまでの調査映像をイナミさんに転送すると、返信があった。
「見ました……。想像していたものが現実のものとして目の前に現れると、わかってはいたとしても、やっぱり動揺しちゃうもんですね。今、動悸が止まらないです。ショックで吐きそうなのに映像のすごさもあって……ショックと感動が……」
一般的なイメージからすると、浮気調査を依頼した依頼者は、配偶者と不倫相手がラブホに入っていく証拠を見てショックを受けるものだと思いがちだ。だけど、実際は違う。依頼者がいちばん最初に大きなショックを受けるのは、配偶者が不倫相手と仲良く会話をしている事実に対してなのである。路上で仲良く会話する男女という、何の変化もない普通の映像こそが、依頼者を恐怖と絶望のどん底に叩き落すのだ。
3回目、4回目、5回目の調査も、ほとんど同じような流れだった。
連日の立ち話の様子を観察していると、調査初日は割と距離感があったようにも感じたけど、じょじょに動きやリアクションが大きくなり、スキンシップも見られるようになってきた。
かつて、お姫様の遺体を乗せた車の後部座席でイチャつく2人の映像も撮れた。
探偵は不倫カップルの不貞の証拠を撮るだけではなく、不倫カップルの愛が育まれていくプロセスを見守ることもある。ふたりが〝一線を越える〟ときは近い――僕は感じていた。そして2週間後の金曜、ついにその日はやってきた。会社から出てきたふたりは、いつものように定位置で立ち話を始めた。その様子を観察していると、今日はやけに女性のほうが積極的にスキンシップをしかけている。これはもしや……いつもは会社の最寄り駅前で解散するはずなのに、一緒につくばエクスプレスに乗り込んだ。僕らも意を決してふたりのあとを追うためにつくばエクスプレスに乗り込んだ。
女性の自宅の最寄り駅で降車したふたりは、恋人繋ぎで夜の住宅街を歩いている。そして、コンビニの前で立ち止まると、女性だけが店内に入り、旦那は外で電話をかけ始めた。
購入品を確認すると、おそらく今日の夕飯と明日の朝食と思われるきつねうどんのカップ麺、そしてもやし炒め用の野菜、ゆで卵を2パック買っていた。女性がコンビニから出て再び合流し、ふたりがまた恋人繋ぎで女性の自宅へと向かって歩いていく。この夕イミングでイナミさんからLINEが来た。
「たった今、旦那から電話がありました。今日は飲み会の帰りに会社の同僚の家に泊まるから夕飯はいらない。明日の午前中には帰る。だそうです……よろしくお願いします……!」
僕らも尾行班と女性の自宅前に先回りする待機班とに分かれ、ひと気の無い夜道で息を潜めながら尾行と張り込みに集中する。
ふたりが女性の自宅に入って行く瞬間の撮影に成功。不倫カップルの愛が成就した瞬間だった。玄関のドアが閉まる時刻を記録する。「23時38分」
イナミさんに報告のLINEをする。
「やりましたね。ゆで卵の女の自宅で泊まり不貞です」
「すごい……ありがとうございます。手が……震える……泣いてるけど、嬉しい」
一瞬も気が抜けない夜通しの張り込みの末、翌朝の午前8時14分に旦那が女性の自宅から出てきた。言い逃れのできない〝泊まり不貞の証拠〟だ。朝日に照らされて眩しそうに駅まで歩く旦那を確認し、この浮気調査は幕を閉じた。イナミさんは旦那が家に戻ってきたら、心の中でこう言うつもりらしい。
「おかえり。ゆで卵、美味しかった?」