探偵の知識

①他人になりきる

2025年11月19日

事件はラブホで起きている
探偵小沢

あなたは、ドラマやアニメで探偵役のキャラクターがコソコソ隠れながら尾行しているシーンを見たことはないだろうか? 泥棒や忍者ように抜き足差し足忍び足で電柱や物陰に身を隠し、顔だけをヒョコっと出して対象者をのぞき込んでいるような尾行シーンに見覚えがあるはず。
でも、残念ながらあれはフィクションの世界での話。現実の世界の探偵は、隠れながらの尾行はしない。じゃあ、どんな尾行をしているのか。
簡単にいうと、「周囲に溶け込む尾行」を実践している。だって、ドラマやアニメみたいに、あんなコソコソしていたら逆目立ちしちゃうからね。
探偵の尾行というのは、対象者の「視界に入ってはいけない」のではなく、「対象者から探偵だと思われなければいい」のである。
だから、尾行している場所に溶け込むことが重要。
例えば、繁華街での尾行なら、「いかにも繁華街にいる人物」を演じきること。買い物客や通行人になりきって尾行する。飲食店街なら、「腹が減って、そろそろ何かを食べようとしている人」を演じ、店の看板を眺めながら尾行する。住宅街なら、疲れたサラリーマンを演じ、ちょっとうつむき加減で歩きながら尾行する。
このように、TPOに応じた架空のキャラクター設定をしながら尾行すると、尾行が格段にしにくくなる。探偵の尾行って、イメージから入ることが大事。極論をいえば、「自分が探偵であることを忘れてしまう」のがベスト。自分を騙せ、世界を騙せ……。
「絶対に見失わないぞ……集中しろ、集中しろ……」と肩に力が入り過ぎた、緊張した状態で尾行すると、周囲から浮いてしまう。これは、新人探偵によくありがちなミスで、対象者が急にUターンしたときなどに慌てふためいてしまったり、とっさに自分もUターンしてしまう。これは、ダメ。
僕は一緒に活動している相方の探偵と、ひたすらどうでもいい雑談をしながら尾行することが多い。話が盛り上がってしまい、ゲラゲラ笑いながら尾行していることも少なくない。
そんな状態で尾行していれば、何かの拍子に対象者の視界に入ってしまったとしても、「爆笑してる、ようわからんオッサンふたり組」にしか見えないし、まさか探偵だとは思うまじ。
敵を欺くには、まず味方から(笑わせろ)である。
ちなみに、「他人になりきる」演技力ともいえるわけだが、変装もこれに近いのかもしれない。これもドラマやアニメで探偵役のキャラクターが大事な変装をして敵を欺いたりするとけど、実際の探偵はガチガチの変装をして尾行をすることはない。変装というよりは、目立たないように周辺に溶け込む服装を選んだりする。
例えば、住宅街であれば部屋着に近いようなラフな格好のほうが目立たないし、繁華街であればカジュアルな服を着ていたほうが目立たない。オフィス街であればスーツやキレイ目な服のほうが浮くことはない。不倫カップルが温泉旅館に泊まったときには、僕らも浴衣で尾行する。
あと、尾行中の着替えは「一定の効果あり」だ。尾行時に簡易的に着替えることによって、自分の見え方の印象を変えることができる。だから、尾行に自信のない新人探偵は、よく色味の違う洋服を替えとして持参している。リバーシブルの上着を使うのもいいし、メガネや帽子といったアイテムも有効。そして、人間の印象を変えるのにいちばん有効な方法は「髪形を変えること」。だから、かつらやウィッグは非常に有効。女性の探偵は髪を結ぶとか下ろすとかして、雰囲気を変えると長時間の尾行もしやすくなる。
そういえば書いていて思い出したけど、昔僕の先輩の男性探偵が、尾行中に何度も対象者の視界に入ってしまったため、散髪屋に飛び込んで髪をバッサリ切ってもらってから、また尾行に参加していたことがあった。そのプロ根性には頭が下がるけれど、笑った記憶がある。