探偵の知識

内偵のテクニック

2025年11月19日

図解 秘探偵・調査マニュアル
渡邉 直美

企業が48社、夜のお仕事が23店舗、一般家庭が18件。これは、私がガル・エージエンシーへ入社する前、潜入調査専門の探偵事務所に勤めていた18・5歳からの約5年間に内偵調査を行った数である。はっきりいって、私は、このジャンルに関するエキスパートである。夫が社内でどんな愛人を作っているのかを社長夫人から依頼されたり、雇われ店長が横領をしていないかオーナーから依頼されたり、またあるときは、同業のライバル会社の営業方法とその実績の調査を依頼されたこともあった。そう、内偵調査とは、家庭や企業に潜入するスパイ的な業務なのである。
探偵の調査のなかでも、かなり大がかりな仕掛けをするのが最大の特徴。夜のお店に入店したり(従業員や常連客が対象者)、家庭教師として雇われたり(妻が対象者)するのはおやすい御用だが、内部に協力者がいるとはいえ、一流企業に正社員として入社することもあるのだ。ま、これなどは、いってみれば産業スパイというわけだ。企業に入社するときなどは、そのためだけに仮の住居や電話番号も用意しなければならない。潜入調査では、仮名が使われることはいうまでもないことだろう。
内偵調査は大きく2つに分けることができる。企業や家庭の内部を調べるために潜入するものと、まったく外部の組織に潜入するものだ。先ほど挙げた例を振り分ければ、従業員を調査するために夜のお店に潜入する、妻の浮気を調査するために家庭教師として雇われる、社長の愛人を調査するために社員になりすます、といったものは前者に、常連客を調べるために夜のお店に潜入する、ライバル会社の内情を調べる産業スパイ、といったものは後者にあたる。産業スパイ対策に、企業が探偵を社員として雇うこともあるが、これなども前者に含まれると考えていい。
さて、そこでまず問題になるのは、どのように潜入するかだ。これが内偵調査の第一段階である。組織の内部を調べる場合は、経営者や世帯主など、権限をもった内部の協力者を得るのは簡単だ。しかし外部の組織に潜入するには、それなりのコネや工作をしなければならない。探偵が常日頃から人脈を大切にしなければならないのは、こういうこともあるからなのだ。
組織に潜入してしまえば、あとは、その都度与えられた指令を遂行すればいい。
だが、守らなければならない鉄則はある。まず、内部の人間と個人的な付き合いはしないということ。ある程度、内部の人間と打ち解けなければ情報収集ができないが、それは仕事のためと割り切らなければならない。
私自身、社長の愛人を調査したとき、社長と恋愛関係に陥りそうになったという失敗もあるにはあったが・・・・・。これなどは、"依頼者とも対象者とも個人的な関係に発展してはいけない”という探偵の大前提をも破ることになってしまう。そして、調査終了後は、その組織の人間との連絡を一切遮断してしまわなければならない。
逆尾行に気をつけるというのが第二の掟。内部の人間に怪しまれないように、さまざまな工作をすることは先述のとおりだが、それでも注意は怠れない。たとえば、社内の派閥争いなどのために調査を依頼された場合などは、敵陣営でもプロを雇っている可能性があるからだ。逆の立場から推察すれば、どんなに完璧な工作をしていても、新たに入社した社員に疑惑の目を向けるのは当然のこと。
もうひとつの鉄則は、内偵調査中には探偵業のほうの事務所には足を運ばないということ。いくら尾行に注意していても、100%安全ということはありえない。
であれば、自ら正体をバラすような行動は慎まなければならない。報告に関しては電話かファクスを利用する。もちろん、これらの通ツールの盗聴にも注意しなければならない。
内偵調査で重要なのは、与えられた肩書を自分で言じ込むこと。”俳優が嘘発見器に反応しないのは、周囲の人間ではなく、自分を騙しているからだ”という話があるが、それとまったく同じこと。まさに、探偵は名優たれ”ということだ。
これらの鉄則さえ守っていれば、潜入後の調査は比較的簡単である。張り込みや尾行といった地道は活動よりも、聞き込みが中心になる。聞き込みといっても、見知らぬ人にあたっていく地道な活動ではなく、表面的にとはいえ、”同僚、などの仲良くなった人物ばかりなのだ。
ただし、産業スパイとなると話はちょっと違ってくる。なんといっても、企業秘密を入手しなければならないのだから、世間話の延長で聞ける話ではない。情報ソースをしっかりと選定しなければいけない。
一流企業のような大組織には、必ず組織の裏切り者になるような素質をもった社員がいるものである。そういった人物に取り入って協力者に仕立てあげればいい。
では、裏切り者の素質をもった社員というのは、どういう人物なのかといえば、自分の会社をバカにしている生意気な奴、好きでもない上司と不倫をしている秘書、酒や女が大好きな奴、仕事はできるけど無能な上司に不満をもっている奴、左遷されたり重要なポストからはずされた奴、といったところ。共通しているところは、誘惑に弱いということ。そのあたりを突いてやるか弱みを握ってやれば、簡単にオトせてしまうものなのだ。
産業スパイができるということは、産業スパイ対策もできるということである。
諜報活動の世界でいうカウンター・インテリジェンスというものだ。探偵が潜入調査の目的で企業に雇われる場合は、産業スパイ対策に加えて内部の不正摘発という業務も請け負ったりすることもあるが。
スパイ摘発の依頼があったら、ほとんどの場合、どこかにスパイが隠れていると考えていい。単なる経営者の杞憂ということは少ないのだ。スパイ容疑者は社員を中心に出入り業者まで幅広く想定する。スパイの可能性のある人物像をなぞっていくと、先述の裏切り者の素質をもった社員にあい通ずる要素がある。
容疑をかけた人物については監視の目を光らせることになる。新たに調査員を同じ部署に潜入させるというのがオーソドックスな手法である。隠しビデオカメラを設置するというのも手だ。不正に持ち出そうとしているものがないか、机やロッカ
1などを検索してみる。電話の盗聴についても、経営者の了解を得ているのだから、会社の電話であれば仕掛けをするのは容易。退社後の行動についても厳しくチェックする。内通者というのは、それなりの見返りもあってやっているもの。急に金遣いが荒くなったりしていれば怪しいと見ていい。必要であれば夜のお店にも調査員を潜入させる。
容疑がさらに固まってきたら罠にかける。「重要」「秘」などと書いた書類を2、
3日間放置し(もちろん隠しカメラで観察)、現場を取り押さえるというわけだ。
摘発したのが、黒幕ではなくて協力者(会社を裏切った者)なら、そこから黒幕までたどっていけばいい。しかし、相手もプロのこと、迅速かつ秘密裏な対応が要求されることになる。