探偵の知識

尾行のテクニック

2025年11月19日

図解 秘探偵・調査マニュアル
渡邉 直美

探偵の調査活動のなかで最も大きな部分を占めるのが「尾行」。探偵業の基本である。地道かつ根気のいる仕事なので、慣れるまでは大変かもしれないが、尾行がきちんとできないようでは、探偵を名乗る資格はない!!
まず、TVなどの影響で作られた一般的な尾行のイメージが、まったく現実からかけ離れていることから述べなければなるまい。探偵モノのドラマなどの尾行シーンでは、探偵が電柱の陰に身を隠しながらジグザグ歩きをしているが、そんな怪しい行動をとると、周囲の通行人にはもちろん、対象者にも不審な目で見られること間違いなしである。私たちプロの探偵は、もっと自然に、風景に溶け込んだ尾行を行っているのだ。
尾行の第一歩は、「予備調査」の項でも述べた/面取り"である。写真をもとに実物を確認するわけだが、必ずしも依頼者が写真を提供できるわけではない。依頼者のすべてが対象者と身近な関係とはかぎらないからだ。全依頼の約3割が写真なしというのが現状。そういった場合は、入手できた少ない個人データから面取りを行わなければならない。
たとえば、名前、住所、推定年齢しかわからないときは、出勤する時間帯に自宅に張り込んで、家族構成を把握する。兄弟姉妹のように同年代の同性がいる場合は、写真撮影をして依頼者に確認してもらえばOK。また、勤務先と名前がわかっているときは、オフィスに勧誘の電話をかけて対象者を呼び出し、双眼鏡で誰が取るか確認したり、宅配便の配送ミスを装ってオフィスへ偵察に行くという大胆な方法も可能だ。配送ミスを装うときはわざと下の名前を間違えれば、荷物も持ち帰ることができる。こういった方法が不可能なら、やはり勤め先の玄関をビデオ撮影して依頼人に確認してもらうことになる。初心者はとくに、面取りで10回に1回は失敗してしまうことがあるので要注意だ。
実際に尾行をはじめるにあたって、もっとも失尾(対象者を見失うこと)してしまいやすく、神経を集中しなければならないのは初動。はじめが肝心というわけだ。
対象者が動きはじめたら、まず歩く速度を把握して、自分もその速度に合わせて等間隔の距離をおいて尾行を開始する。対象者の歩く速度に合わせるための所要時間は約1分が目安。ときには、急いでいる対象者が走ったり、後ろを振り返ったりしたとしても、慌てずに等間隔を維持することが基本中の基本だ。セーフティーソーン内の目立たない位置取りをすることが大切である。
セーフティーゾーンを確保して、歩く速度を把握したら、対象者の後ろ姿や歩き方をよく観察して覚えること。猫背、いかり肩、首太、足を引きずるように歩く、ガニ段などといった特徴を捉えておかないと、似たような身長、服装の人間と間違えてしまうこともありえる。特徴の把握にかけられる時間は、尾行開始から約2分間が目安。テープレコーダーやメモに服装や特徴を書きつけたり、デジカメを持っていれば、遠くからでも後ろ姿を1枚撮影しておいたりするのもいい。それによりリラックスもできるはず。
失尾の原因の70%が開始10分間の初動段階で、警戒される原因も約80%が張り込みや初動段階である。対象者に警戒心を与えてしまうと、決まった行動パターンをとるようになる。急に歩く速度が上がったり、角を曲がるときに首がぎこちなくなって目線だけ尾行者を見るようになったりするのだ。また、3回右(左)に曲がって同じ道に戻るような行為をすると、もはや対象者の頭のなかには警戒心が渦巻いていると考えてもいいだろう。
警戒心が確言に変わると、対象者のほうから詰め寄られることもある。だが、そんなときにも取り乱してはいけない。あくまでも冷静なフォローが必要だ。その後の尾行続行は困難だが、決して尾行していたことを認めてはいけない。「何言ってんの!? あんた、ちょっと頭がおかしいんじゃない!」などと、トボけてしまうの
がベスト。尾行をしていたという証拠はないし、公衆の面前でそのような事態が起きたら、周囲の通行人たちの目には、対象者のほうが怪しく見えるはずだ。
対象者が著戒していなくても失尾してしまうことはある。たとえば対象者がUタ
1ンしたとき。対象者がUターンをしたからといって、いっしょにUターンをするわけにはいかない。当然、Uターンをした対象者をやりすごさなければならない。
対象者の目につかないように横道にそれた途端に見失ってしまうのだ。繁華街などで対象者がUターンを繰り返すのは、目的地である店舗などを探していることが多い。そういう場合には、やや距離を開けて対象者と交錯しないようにするのが得策。
もし見失ってしまったら、周辺の店舗をしらみつぶしに探索する。飲み屋などの場合は、呼び出されて来たようなふりをして店内を見回しても不自然ではない。
対象者を見失って面倒なのは、オフィス街で距離を開けすぎていて、どのビルに入ったかわからなくなってしまうこと。対処法としては、すぐに候補となるビルの出入口を調べること。もし裏口のあるビルがあれば、そちらを優先的に探索する。
出入口がひとつしかないビルは、1ヵ所だけチェックすればいいが、複数の出入口があるビルをチェックするには手間も時間もかかってしまうからだ。
意外とチェックしやすいのはホテル。シティホテルならホテル内も尾行できるし、対象者の名前を出せば内線番号や部屋番号も教えてくれる。ラブホテルならチェックインの現場を押さえればOK。マンションの場合は対象者とエレベーターに同乗して、対象者が目指す部屋の階数や部屋番号を調べる。最近では、オートロックのマンションも増えてきてはいるが、対象者が開錠するのを住民のフリをしながら待っていればいい。管理人がいる場合には完配ビデオの配達員のフリをして誤魔化すのが常套手段。物が物だけにプライバシーに係わることなので、何号室の部屋へ行くのか?”などの管理人のチェックもあまり厳しくならない。
これだけの技術を身につけても、単独で尾行をするのは困難で、チームを組んで尾行することがほとんど。3人1組というのがオーソドックスで、さらにクルマによるバックアップもつけたほうが確実さは増す。チーム尾行のフォーメーションは大きく分けて2つ。遠方(50m程度)から尾行して対象者に気づかれないようにすることを主眼としたルース・テイルと、混雑している場所で対象者を見失わないように距離を開けないクロス・テイルだ。通常、クロス・テイルを採用することが多いが、状況に合わせて両者を組み合わせた変則的なスタイルを取り入れることも少なくない。チームを組んで尾行を行う最大のメリットは、対象者にバレにくいということ。人員が増えるほど対象者の警戒が分散してバレにくくなるわけだ。そのために、交差点などでは位置を入れ替わるのもポイント。
対象者が誰かと接触したときにも、チーム尾行の強みが発揮される。対象者よりも接触者を尾行したほうが効果的なこともあるが、チーム尾行なら手分けして対象者と接触者の両者をいっぺんに尾行することができる。
接触者が現れた場合は誰が接触者を尾行するかなど、チーム尾行には事前の打合せが必要になる。そしてチームリーダーも必ず決めておく。尾行の中止を含め、状況に合わせた判断はリーダーが下すことになる。
なお、チーム編成は必ず男女混合にする。なぜなら、性別によって入りにくい場所もあるし、カップルを装うことにより警戒心を解くこともあるからだ。
クルマによる尾行も父かせない。徒歩と同様に、対象者のクルマの型式、ナンバー、性能など、こちらも予備調査は怠れない。追尾するのに使用するクルマ選びのポイントは、小型で小回りが効いて加速がいいこと。そして、定期的にきちんと警備しておくことも重要。クルマの故障で尾行中止をいうのは最悪の事態である。
対象者のクルマが始動したら、怪しまれないように、少し離れた場所から追尾を開始する。
中央分離帯などがあって対象者のクルマが反対車線に進入できない場合、対象者のクルマよりも前方で待機しておくのもひとつのテクニックである。
追尾は、対象者のクルマとの間に1、2台のクルマをはさんでおくのがベスト。バックミラーにこちらのクルマの全景を見せないようにしなければ、長時間の追尾が困難になってしまうからだ。追尾のコツは、クルマの動きばかりに目を奪われるのではなく、車内にいる対象者の動きに注目すること。また、徒歩による尾行と同じく、複数のクルマによる追尾も効果的。追尾
の途中、信号待ちなどで停車したときに、同乗者が後方から来るタクシーを拾って追尾するのも有効的だ。
尾行の練習というのは、その気になればいつでもできるもの。どんな調査にも必要になる技術なので、自分の能力に満足することなく、常に磨きをかけておかねばならない。