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探偵の知識

鬼が下した最強の罰、「私を1ヶ月抱き続けろの刑」

2025年11月19日

浮気とは「午前4時の赤信号」である。
すずきB

僕が「鬼」と呼んでる1つ年上の妻は、出会った頃は大好きで世話好きで、とにかく明るい、Sっ気たっぷりのいい人だった。それが、僕の浮気疑惑が起こるたびに、性格がきつくなり、言葉もヤクザのようになり、一人称も「私」だったのが「オレ」になり、僕のことも、ある事件を境に「おい、変態」とか「おい、ちんカス!」と呼ぶようになった。
ここ2年くらいは、我が子(中2女子と小2男子)も含め、一家揃って僕のことを「鼻毛」と呼びやがる。我が子は僕に「ねえ、鼻毛、これ買って」とせがんでくるが、人にモノをねだる時の言い方ではないと思う。素直に返事して買ってあげる僕も僕だが……。
家で僕の威厳がゼロになったのは、すべて鬼のせいだ。鬼に言わせれば「お前が浮気するから、お前の口が悪いから、すべてはお前のせい」と。じゃ、仕方ない、鼻毛と呼ばれ代わりに自由をいただこう。そう自分に言い聞かせて鼻毛呼ばわりを受け入れている。

鬼が鬼と化した、最初のある事件……。
それは、僕がまだ大学生で、結婚する前、互いに別のワンルームマンションに1人暮らしの頃。大学の友達Zと、夜からブラックバス釣りに茨城へ行くとウソついて、浜松のホテルのバーで名古屋の女と浮気デートする約束をしていた。
夜景のキレイなバーで飲んでいると、鬼から電話が何度もきた。ジャズが聴こえるバーで電話には出られない。
「ごめん。ちょっと電話してくる」と言って静かなエレベーターホールで鬼に折り返す。
「もしもし? あ、ごめん電話くれてた? 運転してて出れなかった」
「今どこ? 霞ヶ浦で釣りだよね? Zくんは?」
「ええとね、今、コンビニに買い物に行ってるからここにいないけど……」
「お前さ……ふざけんなよ! Zは自宅で寝てましたけど!」(プツッ、ツーツーツー)
ヤバい。慌ててZの自宅に電話すると、「あ、さっき彼女から電話あったわ」。
終わった。ウソがバレた。じゃ、どこにいることにしようか。なぜウソをついてまで浜松に来る理由があるのか、必死で考える。するとまた鬼からの電話が鳴る。出ないわけにいかない。言い訳を考えながら出た。
「もしもし、あ、ごめん、釣りっていうのはウソで……」
「お前、誰といるんだよ、言ってみろよ」
「あ、実は、実家のほうで、恥ずかしくて言えない事情があって……」
「はあ?」
しばし沈黙が流れる。すると、
「ピーン、ポーン」
明らかにホテルのエレベーターホールの音が鳴った。
「おい!お前そこ、ホテルだろ! 正直に言ってみろよ!」
鬼のように怒鳴られた。
こうして1人の女性は、僕が起こす事件によって、鬼と化していった。そのたびに、強烈な罰が僕に下される。
浮気がバレて、土下座。
浮気がバレて、高いバッグを買わされる。
浮気がバレて、母にビデオ(でぶ)にチクられる。
徐々に、僕にとってツライ刑罰にエスカレートしていく。

そして、過去、浮気した罰で最も衝撃的だったのが「1ヶ月、毎日、私を抱き続けろの刑」だった。僕にとって、それが当時、もっともツライことだと認識していたのもすごいが、それを罰として課すのは鬼のようだ。
約束どおり、仕事が終わったら、合コンにも行かず、もちろん浮気もせず、まっすぐ帰宅し、鬼の手料理を食べ、鬼を抱く。
苦しかった。泣きたかった。逃げたかった。
でも、これが自分に課せられた罰なのだから、懲役なのだから、やるしかない。3日経ち、4日経ち、1週間が過ぎると不思議とコツを覚えた。アスリートのように、体調を整え、食事も気にした。奮い立たせるため、好きなAVを書斎で見て〝整えて〟から寝室へ走ったりもした。
終盤のほうは、どうにもならず、あるアイデアを思いつく。当時ハマった女子がつけていた、シャネルのCHANCEという香水。これをプレゼントというテイで贈り、鬼にふった。ニオイは、ある記憶や感情を鮮明に呼び起こす作用があり、これは効果的だった。
こうして毎晩、毎晩、歯を食いしばって、仕事以上に頑張った。
1ヶ月後、刑期終了した僕に、鬼はこう言った。
「やればできるじゃねえか。今までどこでやってたんだ、お前は」
ドキっとした。
それにしても、よくしたもので、毎日鬼を抱き続けた1ヶ月、浮気したいと思わなかった。家でノルマがあると思うと、そんな気になれなかっただけはたしかだ。
ちなみにうちの鬼は、般若のような顔をしている。般若は、「嫉妬に苦しむ鬼女」であり、仏教用語で「修行の結果として得られたさとり・智慧」を意味する。
僕も鬼から、多くの悟りや智慧を授かっている気がする。