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探偵の知識

時にはボッタクリ女にダマされてみる浮気おじさん

2025年11月19日

浮気とは「午前4時の赤信号」である。
すずきB

我々浮気おじさんは冒険家。時に崖から滑落することもある。いわゆるボッタクリという経緯が僕には過去に2度ある。1度目は大学生の時、歌舞伎町の風俗で。2度目は10年ほど前、港区のとあるワインバーで。そして3度目をまさかこの歳で経験するとは……。
その女性とは、ある夏、某制作会社が主催した、ビアガーデンでの納涼イベントで知り合った。広告代理店の関係者などが100人以上集まる中、その女性は、内巻きのふわっとした髪の毛をなびかせてひときわ目立っていた。鼻筋が通って目が大きく、奥菜恵似のスタイル抜群美女。ヒョウ柄の服が似合っていたので仮にヒョウ子としておこう。
ヒョウ子は物怖じぽい女子で、やや早口で無沙汰そうに話している。胸に下げた名刺を見ると大手代理店。そんな美女はどんな生い立ちで、どんなコネで入社したのか。エロ・ジャーナリズム魂がうずく。

声をかけると、僕のドM心を刺激するSっ気のある女だった。代理店には3年契約で入社し、いま2年目。今月で退社になるから就職活動しなきゃ、なんて話を聞きながら、予想以上に話が上がる。相手がランカー(釣り用語で〝大物の魚〟のこと)であればあるほどファサー(フラッシャー釣り師)としての使命感は強くなる。ムリ目であればあるほど、奇跡を起こしたくなるものだ。釣り師として、この場はあえてリールの糸を巻かず、ほどよくゆるめておく。まずは、LINEのID交換だけにとどめた。
その後に来たLINEのやりとり。就職について、恋愛や結婚について、で、「今度、飲みながらゆっくり話そう」「ぜひ!」と。
しかし、なかなかお互いの予定が合わずに数ヶ月が経っていたある日、珍しくタイミングが合う日が来た。場所は恵比寿がいいという。僕が恵比寿でお店を探してみるも、忘年会シーズンの金曜もあって、どこの店も満席。「白金のワインバーなら取れたけど」とメールすると、「恵比寿も〝0〟と店のURLつきで返信が。一応、食べログでチェックすると予算1人1千円程度の、いい感じのもつ鍋屋だったのでそこに。
店に着くと満席待ちがいるほどの盛況。ヒョウ子も現れ、奥の個室に通された。ヒョウ子がコートを脱ぐと、ノースリーブの黒のニットワンピ。艶やかな白い二の腕がバチ

ンと現れ、デコルテから谷間が覗き、ピタッとした腰のくびれがありおじさんをドキっとさせた。
ヒョウ子は、店長らしき男に「私のシャンパン、お願いね」とオーダー。それはメニューにない自分の持ち込み。この店は行きつけだから好きなシャンパンを置かせてもらってると笑っていた。そういえば、思い出した。初めて会ったイベントでも、安いスパークリングは苦手でシャンパンしか飲めない、と生意気なことを言ってたなと。
もつ鍋をつつきながら恋と仕事の話で盛り上がる。ヒョウ子は、いまだ無職、彼氏との結婚も先に進まないという。わがままな悩みに真剣にアドバイスしながら、徐々にデートな空気に持ち込む。
あるレーサーは言った。凡人が乗りこなせない猛獣のようなマシンを、平然と乗りこなせるからこそ、レーサーなんだ。
そんなの、じゃじゃ馬乗りこなせないと一緒、私から味わえない(笑)」と返ってきたのだから。自称〝潔癖女子〟が堕ちた。このあとチューぐらいできそうなどアホな様子が広がり、夢と股間は膨らむばかり。ささらに酒も進む。

「すいません、佐藤のロック、おかわりで……」
僕はなぜか目から焼酎に変え、シャンパンは1杯目だけにしておいた。なぜなら、金色に輝く「ルイ・ロデレール・クリスタル」だったから。このボトルが登場した時、え、これ高いヤツじゃん。いくらだろう? と思ったものの、これはヒョウ子の持ち込みで、値段を聞くのは野暮だとかずに流した。他の酒は飲めないというヒョウ子のためにクリスタルは残しておかなければ、という気遣いでもあった。
おあいそ盛り上がってのシャンパン麺も食べ終え、そろそろお会計かな、というタイミングでヒョウ子がトイレに立った。ふとクリスタルの値段が気になり、店長がくれたので聞いてみた。
「ちなみにこれって、おいくらなんですか?」
「6万円です」
えー! まさかの金額にのけぞった。カードで払えないわけではないが、もつ鍋屋でそれはない。植物以外でありえない。たとえ一流レーサーでも、このヘアピンカーブに平然としてはいいられないだろう。戻って来たヒョウ子に言った。
「今聞いたられ、1本6万だって? さすがに……じゃない?」
すると本物の豹のように牙をむいて噛みついてきた。

「てかさあ、私がトイレ行ってる間に、何こそそこ値段とか聞いちゃってんの? 勝手に値段とか聞かないでよ!」
「いやいや、払うのはこっちなんだから聞くだろ。バカ女にこう返してやった。
「好きなシャンパン持ち込むのは自由だけどさ、だったら、先にこっちに言うべきじゃないか?」
「え? 言ったじゃん、シャンパンしか飲めないって。お気に入り、入れてあるって」
「いやいや、それがそんなに高いのなんて思わないし……」
値段は見ればわかるでしょ」
シャンパンを出した時、銘柄を隠すようにクーラーに入れたまま持って来て抜栓していたのを僕ははっきり覚えている。もういい、本気でキレてやった。
「あのさ、もう二度と会うことはないからハッキリ言うわ! だいたい持ち込みなら普通、持ち込み料だけだろ。何だこの値段、そっちで店を指定してきて勝手に高いの開けて。これってボッタクリバーとか、キャッチバーと同じ手法だろ」
「はあ? どこがボッタクリよ! だいたい何キレちゃってんの? 私に言えば原価になるわよ。じゃ、いいわよ、3万で」「俺さ、これ一杯しか飲んでないから、シャンパンは割り勘でいいかな?」
空気を著した店長が来た。
「店長、この男が、原価で割り勘とかなんか、しょぼいこと言ってるからさあ。しかたないからそうしてやってよ」
静まり返った個室。払いたくもないクリスタルの原価の半額1万5千円ともつ鍋代の5千円、計2万円ちょいを支払い、僕だけが先に逃げるように店を出た。
あのクソなめ……。逆ギレながらクリスタルの原価をググってみると2万円弱。きっつと、あそこでサラっと支払う浮気おじさんもいるんだろうな。いまだ無職の女、店とグルになって、キックバックもらって生活してるんだろうな。思えは最初からあやしい女だった。でも、元カノにはならなかっただけ命拾いしたんだと、自分に言い聞かせることにした。
冒険家気取りの我々浮気おじさんは、時にその崖が危険に思えても、あえてピックルを刺して前に進むこともある。
なぜかって? もちろんそれは、そこに山があるから。美しい女性という霊峰の稜線は、我々冒険家に、何とかして登りたいと思わせるから。ただそれだけだ。