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探偵の知識

浮気したか否かは、国税局査察部との戦いに似ている

2025年11月19日

浮気とは「午前4時の赤信号」である。
すずきB

鬼は朝、僕が首に掻いた痕を見て、前夜何があったかを勝手に読み解く。
「昨日は誰数で合コンか?」
「なんで?」
「髪とセーターのロゴが見える靴だから」
人は無意識に靴を脱ぐことを意識し、選んでいるのかもしれない。アタリ。
「昨日は野でヤったのか?」
「なんで?」
「靴の底に藁がついてたぞ」
潔でなんて。だいたい「野でヤる」ってなんだ。鬼用語で〝オカンを意味するようだ。ハズレ。

「昨日は立食パーティか?」
「なんで?」
「上着のシークレットイツケだったから」
そんな靴は持ってない。すすきでB級ションKじゃない(注:ションKにシークレツトブーツ疑惑あり。ただ、他の靴より2センチぐらい厚底、立食パーティ、アタリ。
そして、本当は打ち合わせや仕事の人との会食で夜遅く帰っているだけなのに、勝手に僕のことを〝合コン〟だと思い込んでいる鬼は、今朝こんなことを聞いてきた。
「毎晩毎晩、いい歳して、お前は何が目的で合コンに行くんだ?」
「そうだね……みんな、ゴルフとか競馬とか、それぞれ趣味があるように、俺にとっての魚釣りみたいなもんか……」
鬼、食い気味で返す。
「……いや、ドジョウすくいだろ。釣りなんかじゃない、ドジョウすくいだ」
「え? どういう意味?」
「捕まえるつもりで、実際はぬるぬると手から全部逃げられてるってことよ。あ、あと、お前を相手にするには、ただ顔を持っていこうとするだけで、どうせジョウみたいないなブサイク女だろ」
日が悪すぎる。みんな不美人な、鬼よりは。
今でこそ、いちいち否定せず適当に乗っかってあげて、平和な会話ができるようになったが、結婚して間もない頃は、よく浮気を疑われて喧嘩になった。当時、僕は「浮気を疑われどもいっさい認めない。何がなんでも否定するのが正解」と思っていたから。
そう、ここで、夫は自分の浮気を妻に認めるべきか論。
たしかに、全面的降伏的な認め方(はい、全部やりました)は良くない。だが、少しだけ認めることは、我々四十過ぎた浮気おじさんにとって、勝つための戦略だと考えている。チューはした。手はつないだ。デートはした。でも、絶対に最後まではしてないと食い張る。「ウソも方便。それが夫婦のマナーだでね」(遠州弁)と、母ヒデコ(でぶ)に教えられた。
マルサ(国税局査察部)がカチ入れしたら絶対上手じゃない。少しでもお土産(調べた成果、追徴金)を持たせれば帰ると言われるが、浮気をしたか否かも、これと似ている。

帰宅したとき僕のジャケットにキラキラしたファンデーションがついていて「これ何?」と鬼に疑われた時、焦って「えと、満員電車かな……」などと下手なウソをついたこともあったが、余計にモメた。今ならこんな感じ。
「あ、昨日、合コン帰りのタクシーで女子が寝ちゃってさあ……」
「はあ? どうせとなとイチャイチャしたんだろ?」
「あ、まあね。降りる時、ハグはした」
鬼はよく言っていた。「疑われてキレた時は図星」と。
だとしたらそれを逆手にとろうと、ある日から決めた。「疑われて図星だろうとハズレだろうと、キレない」ことが、まずは平和への一歩。疑われて意地になって全否定を貫くのでなく、何か1つ、マルサにお土産を持たせてあげるように、ある程度は疑いを認めてあげる。するとさっきまで吠えまくっていた鬼は、すぐにおとなしくなることを学んだ。
なので、鬼に「釣りだか何だか知らないけど、どうせ張り切ったって釣れやしないんだから。ダメジジイ持ってかれるだけ。時間と金のムダ女だ」と言われた時、実は充実した「夜釣り」を楽しんでいても、そこは彼の言い分に合わせ、「そうなんだよ、ムダ遣いなんだよ。糸切れるんだよね、だいたい」と認め、へりくだっておく。

ハグは認める。キスしたことは認める。そこまでを我慢して帰宅しました。そう言い切る。実際はどうあれ(笑)。
これが鬼への手土産だ。こうすればマルサのように、それ以上調べず黙る。鬼の疑いを「勘が鋭いね。天才だね」と言って勝ち誇らせてあげる。ムダな捜査と思わないようにしてあげる。こうやって大切な何かを守る。
踏み込まれたら困るところまで捜査の手が伸びないうちに、その手前で気分を良くしてお帰りいただく。それが我々浮気おじさんの、脱税(犯罪)ではない、節税(節約の知恵)的な生き方だ。