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探偵の知識

浮気男が最も恐れるのは、嫁と姑の結束力

2025年11月19日

浮気とは「午前4時の赤信号」である。
すずきB

今から1年ほど前のこと。結婚して7年、35歳の僕は、西麻布の某ビストロのカウンターで、巨乳女子大生とデートしていた。ノースリーブの白いニットから出た張りのある二の腕と胸の膨らみに興奮しながら、グラスのシャンパンで乾杯をした。
「あぁ、美味しいです〜」
「こうやってさ、グラスに耳を傾けてみて。ね、シャンパンの泡が弾ける音が、祝福する拍手のように聞こえるでしょ」
今思うと寒気がするそんなセリフも、当時の僕はさらりと言いのけていた。なぜなら当時の僕はかなり調子に乗っていた。3歳の娘がいるにもかかわらず、家庭もかえりみず、少しばかり稼いでることをいいことに天狗になって遊んでいた。
遊びも仕事の一つだ。今日だって半分は仕事みたいなものだから。そう自分に言い聞かせて……。というのも、その女子大生との出会いは、お世話になってる芸能事務所社長がセッティングした合コンだった。その事務所に所属する女子大生が就活中で、「この子の小論文、今度見てあげてもらえませんか? 2人で飯でも食べながら」と依頼されてのデートだったのだから。
女子大生と乾杯をし、これから楽しいデートという時だった。誰かにポンポンと僕の肩が叩かれた。知り合いかなと苦笑いで振り返ると、そこには鬼のような形相の鬼が立っていた。
「こちらは、どちら様?」
「あ、ちょっと、仕事の……」
鬼は顔を引きつらせながら、女子大生に言った。
「すき焼き家の案内です、どうも」
「ええっ!?」
のけぞって驚く女子大生の顔を見て、鬼は僕に言った。
「はい、アウト! ごゆっくり……ふんっ!」
そう吐き捨ててスタスタと歩いて出ていく鬼を追いかけたが、黙って帰ってしまった。

あとで聞いたのだが、鬼はたまたまこの近くに住むママ友の家に遊びに行ったその帰りだった。ビストロ通りを、ママ友とベビーカーを押して歩いていると、前から電話しながらこちらへ歩いてくる僕と女子大生にすれ違った。スルーしようとしたら娘が気づいて「パパ!」と言ったのに、僕が無視した。ママ友の手前、黙ってられず、店に乗り込んできたそうだ。
僕からすると無視はしてない。不思議なもので、人は、ありえないできごとを認識しようとしないところがある。そして電話している最中の、注意散漫なときはひどい。ちなみに、この時言った鬼の「アウト」の意味は、「家内です」と名乗った時、女子大生が「え、結婚してたんですか?」という顔で驚いたことを指す。結婚してることを女に言ってない。だからアウト、という言い分だったが、僕は女子大生には言ってあった。女子大生は嫁と遭遇したことに驚いただけだ。
どうしよう。でも待て、僕はそんなに悪いことをしてるつもりはない。だいたい、これで慌てて帰ったら、かえってヤラしいことをしてるようだ。そうだ。僕は、ケータイに入ってる離婚カウンセラー岡野あつこさん(当時、番組で知り合い、仲良くさせてもらっていた)に電話した。

岡野さんは言った。「Bさん、奥さんと女子大生、どっちが大事?」「嫁です、けど」「ならすぐに帰宅して奥さんに謝らないとダメですよ」「でも岡野さん、ある意味これ、仕事だし、僕、何も悪いことしてないし、嫁に何を謝れって言うんですか?」
曰く、妻に誤解を招いたことを詫びるべきだと言う。女子大生がいるカウンターに戻り、さすがにすぐに帰るのもなと平静を装い、「ごめん、ごめん、全然大丈夫だから」とメニューを広げた。すると女子大生は、
「Bさん、帰ったほうがいいですよ、手が震えてます」
お会計して帰宅した。
恐怖に恐る玄関のドアを開けると、鬼が誰かと電話しながら号泣してる声が聞こえる。リビングに入ると、鼻をかんだのか涙をふいたのか、テーブルにティッシュが散乱している。いったい、誰と話してるのだろう?
「お母さん、なんか買ってもらってもいいですよね? はい、高い時計でも買ってもらいますわ」
電話の相手は僕の母親だった。キレながらすべてを報告していた。僕にとって一番チクってほしくない人、母ヒデコ(でぶ)。そこにさっそく電話を入れるとは鬼だなと思った。

以来、鬼はことあるごとに、「ヒデコに報告するよ!」そう言って僕を脅し、僕はずっとこれを聞いた。今思うと、あの時が、『妻』が『鬼』に変わる瞬間だったかも。
それから半年、僕が、鬼とそのママ友たち何人かでの食事の席で、「しかしあの時はビックリしたよ」と笑い話として語れるようになった頃、「いやあでも、あそこで偶然すれ違うって、確率で言ったら天文学的な数字だよな。そこに行く寸前でどっちかが信号1つ引っかかってもズレてたら、すれ違ってなかったわけでさ……」すると鬼は言った。
「はあ? それだけお前がしょっちゅう、そういうことをやってるってことだろ!」
和気あいあいとした場が一気に凍りついたのは言うまでもない。